保護の一環でも側にいられさえすれば
翌日から一か月間。
聖女候補達は神殿の仕事について見学し、神殿の儀式で行われる聖女の舞を練習することになった。
午前中は聖霊術を少しでも伸ばせるよう、花壇の花を育てる作業をし、昼からはそれぞれが神官に案内されて、見学をするため付き従う神官の元へ移動する。
私が神官の一人に連れていかれたのは、なぜか神殿から一つだけ独立して作られた、二階建ての小さな建物だ。
屋根の部分が丸くつくられていて……なんだろう、以前見た大神官様の馬車と同じように、鳥かごに似ている気がする。神殿って、こういうデザインが好きなのかしらと首をかしげた。
大神殿の作りは普通の石積みの厳めしくも壮麗な感じなのだけど。
疑問に思っていると、付き添いの神官様が教えてくれた。
「こちらは大神官様のお住まいですよ」
「……っ!?」
大神官様のご自宅! そこに私が訪問!?
好きな人のお家を尋ねるだなんてと、どきどきしながら建物の入ると、案内の神官様は中に入らずに立ち去ってしまう。
中では大神官様が待っていた。
「ようこそレイラディーナさん」
「大神官様! あの、その、この度は本当にご配慮いただきまして誠にありがたくももったいなく……」
「そんなに堅苦しいことをしなくても大丈夫ですよ。それよりも先に、こちらをどうぞ」
大神官様が一歩引くと、後ろにあったテーブルが見える。
そこに用意されていたのは、山盛りの料理だった。
「あ……」
お腹が鳴りそうになって、ここではダメ、とぐっと息を詰める。
実は昨日、急激な空腹を感じてから、恐ろしくお腹が空くようになっていたのだ。
おかげで夕食も朝食も少々食べ過ぎた。パンをみんなの倍の量を食べたところでようやく自制し……こっそり一個持ち帰ったほどだった。
部屋に戻ってからは、持ち込んでいた菓子を口にしてなんとか持たせたのだけど、全て食べきってしまったので、朝から急いで家に手紙を届けてもらった。
『至急、お菓子や果物を求む』と。
お父様に神殿は食事が少ないのかと心配されそうだけれど、背に腹は代えられない。
心配なのは太ることだ。
私は山盛りの料理を前に立ち尽くす。でも目が食べ物に釘付けになってしまって離れない!
そんな私の背中を押したのは、大神官様その人だった。
「遠慮をしてはいけませんよ。体調を保つためにも必要なことなのです。聖霊術に変換される分が必要でお腹が空くのですから、太ることもないでしょう」
「え……太……らないのですか?」
「安心してください」
大神官様の素晴らしい答えと微笑みで、私の我慢はすぐに決壊した。
「お言葉に甘えさせていただきます!」
いそいそと着席し、短く祈りを捧げて手を出してしまう。柑橘類を三つ分ほど胃の中に収めた時、ようやく大神官様が、楽し気に私を見つめていることに気づいた。
どうしよう。こんな綺麗な人に、食べてる姿見られて……。恥ずかしくて穴を掘って埋まりたくなるけれど、そういうわけにもいかない。
「あの、大神官様は、お食事は……」
「もう済ませてありますよ」
そう言って、大神官様は私の斜め前に座って、じっとこちらを見ている。
「気にしないで食べて下さい、レイラディーナさん」
「でも、私ばかりたべてるみたいで……」
「一生懸命食べている姿は、可愛いですよ」
「かわっ……!」
今可愛いって言った? 言ったわよね!? うそこれ奇跡なの?
思わずフォークを握っていた手が止まってしまう。……感動で。
もう一度同じ言葉を聞きたくて、ついじっと見てしまっていると、大神官様が言った。
「もっとお食べなさい。とても失礼かもしれないけれど、迷い込んだ子犬に食べさせているみたいで、少し楽しいのですよ」
と言われたところで、私はようやく熱に浮かされた気持ちが落ち着く。
大神官様には、リスか何かが一生懸命物を食べているように見えるのね。そういう可愛いの意味で言ったのだろう。
だって大神官様の微笑みが、ほのぼのしているようにしか見えないもの。
危ない危ない、と自分の心を戒める。
大神官様が、少しは私のことを女性として気にしてくれたのかしら? とか勘違いして、つい告白してしまいそうだった。早まっていたら、驚いたあげくに遠ざけられてしまうかもしれない。
冷静になったところで、私は急いで食事を終えた。
食べきってほっと息をつくと、ようやく他のことにも目が行くようになった。
部屋の中に、ものすごく沢山の花が活けられている。花瓶にして十個ぐらい。
窓を開けているから、花の香りでむせることはないけれど。大神官様の部屋には花を大量に生けるという決まりでもあるんだろう。
……と思ったら、部屋に訪問者がやって来た。
一抱えの花を持った、白髪に眼鏡をかけた神官長様だ。どうもそうやって頻繁に花を運んでいるらしい。
花を受け取った大神官様は、二階の部屋にそれを運んでしまった。部屋に小さな聖堂でもお造りになられているのだろうか。
その後は、大神官様のお仕事について行くことになった。
聖女候補達は、基本ついて行くだけだ。見学の時間はそれほど多くはない。ほんの2・3時間ほどだろう。
大神官様は訪問者と接見したり、いくらかの執務をし、祈りの時間は大聖堂に行く。
ただ切ないのは、大聖堂で祈った後で廊下に出てしばらくすると、大神官様は、何か言いたげに振り返って私を見て、それから一緒についてきている神官長様にうなずいたところで、例の瞬間移動の聖霊術で消えてしまうのだ。
せめて、明日またとだけでも言葉を交わしたかったけど。
「大神官様は次のご予定があるので、急がれたのですよ」
と神官長様が教えて下さったし、また明日も、あの大神官様の部屋へ来て下さいと言って下さったので安心はできたけれど。
また、次からは昼食の前に、
「少しずつ力の加減を学んでいきましょう」
と聖霊術の力の加え方を教えてくれた。
おかげで私は少しずつ加減ができるようになってきた……。というか、すぐに倒れずに済むようになった。
一気に力を使わなければ、血の気が引くほどにはならない。だけど相変わらず強烈にお腹が空く。
そんな私に、食べさせるのが大神官様はとてもお好きらしい。
一人だけ食べてるのは恥ずかしいけれど、大神官様が楽しいのならと思うようになったし、少しずつ慣れて行った。
ちょっと夢見た甘い関係とは違う気がするけど、それでも傍にいられるだけで幸せだった。