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取り引きは悪魔とするものです

「人がいるのか」


 フードの人物が私に気づいてしまう。

 振り返ったその人の、フードの中の顔は見えない。まるで黒い靄がフードを被っているみたいで、私は怖くてその場から身動きができなくなる。

 しゃがみ込んだままでいられず、その場に膝をついてじっとしている私を見て、フードの人物は小さく笑い声を漏らした。


「なぜこのような場所に、いる? 理由によっては見過ごしてやっても…いいが」

「り、りゆ……う?」


 低くくぐもったような声で尋ねられて、私はおろおろとした。

 事情を話せば見過ごしてもらえるかしら? だけど口が震えて、上手く声が出せない。このままじゃ、悪魔に殺されてしまう。


 でも、と私は気づいた。

 恋をしたと思えた大神官様の側にもいられなくて、自分から婚約者を奪ったシンシアが、恋する相手の隣に立つ姿を見なくてはならなくなる。こんな不幸はそうないと思う。

 これ以上酷いことは起こらないんじゃないかと思うと、自棄になってきた。すると逆に、上手く声が出せるようになった。


 私は勢いのまま、聖女候補になるまでの経緯を語った。

 聞き終わった悪魔は、一つだけ疑問に思ったようだった。


「なぜ、聖女に? 三年の間に噂が薄れるからか?」

「大神官様の……お側にいたくて」


 もう、そんなことは不可能だと思った私は、自分の恋心を悪魔に教えても構わないだろうと思った。


「優しくしてくれたんです。それがうれしくて。あの方の側でずっと片想いできたら、結婚できなくても幸せな気持ちで生きられるだろうからと、思ったのです……」


 言葉を口にしながら、自分でも泣けてきた。

 恋人になるなんて大それたことは望まない。嫌われずに、仕事仲間ぐらいの関係でもいいから近くにいて、見つめられれば良かった。

 そんなささやかな願いをかなえたかっただけなのに、叶わなかったのだ。


 涙が溢れてきて、視界の悪魔の姿も滲んでよくわからなくなる。でも元から顔もよく見えないし、問題はない。

 だから流れ出る涙を拭って泣いていたら、悪魔がまた小さな笑い声を漏らした気がした。

 悪魔だから、きっと他人の不幸が面白かったんだろう。そう思ったら、妙な提案をされた。


「ならば、聖女に選ばれそうなほどの力を得られるなら、どうする?」

「力?」

「悪魔なら、それが可能だと思わないか? 今の話が面白かったから、お前に力を与えてやろう。欲しいか?」


 力……。もっと強い聖霊術を扱えるようになったら、アージェス様の側にいられる。

 聖女になるのを、諦めなくていい?

 でも、という気持ちが一瞬だけ心をかすめる。悪魔の力で聖女になったら、あの優しい大神官様は私のことを嫌うだろうか。でもこのままでは、嫌われるどころか側で見つめつづけることすらできなくなる。

 焦りが私の背中を押した。


「く、ください!」


 悪魔が気を変えないうちにと急いで返事をしたら、悪魔がうなずいた。


「いいだろう。ただ代償は……そうだな。さっき私の食事風景を見ただろう?」

「食事って、花を枯らしたことですの?」

「そうだ。私は生き物の中にある力を取り込んで糧にしている。だが度々食事をするためにあちこち枯らして歩くのも不自由している」


 食べる……でも私は花を枯らして吸収なんて、悪魔みたいな技は使えないから。


「じゃあ、代わりにごはんを沢山食べたらいいのかしら?」


 そう言った瞬間のことだった、悪魔を取り巻く黒い煙のようなものがうごめき出す。クスクスと笑い声が聞こえるような気がして身を縮めた瞬間、わっと煙が急に増え、私を取り巻いた。

 ランプの光も見えなくなる。


 目の前が真っ暗になって悲鳴を上げそうになった時、何かがカチリと切り替わったような感覚に声が引っ込んだ。

 一体何? と思っていると、煙はいつの間にか周囲から無くなっていた。

 そして悪魔が、どうしてか肩を震わせている。え、まさか笑ってるの?


「代償は決まったようだな。聖霊術を使うために、大量に食事をしなければならなくなったようだ」


 首をかしげ、悪魔の言葉を吟味して、私はようやく気づいた。


「え、まさか大量に食べるのが代償だというの? うそ、決まってしまったの!?」

「お前が口を滑らせたからだ。もう取り消しは効かない」

「え……」

「ではな」


 そう言うと、悪魔はさっさと立ち去ってしまう。

 残された私は、悪魔が持つランプの明かりも見えなくなり、足音も聞こえなくなってから、呆然とその場に座り込んでしまった。


「え……まさか、大食漢になったってこと!?」



   ◇◇◇


 しばし呆然としていた彼女だったけれど、ようやく立ち上がってふらふらと歩き出した。


 その後姿をそっと木に隠れるようにして見送り、彼は小さく息を吐く。

 彼女の言葉が、脳裏にこびりついて離れない。


 ――あの方の側でずっと片想いできたら――


 その言葉がまだ心の中でこだましている。

 何も知らない人からもらう言葉なら、こんなにも心に響いたりはしなかった。

 一生誰かと一緒に生きて行く未来は送れないものだと思って、近い境遇に落ちてしまった彼女に共感したから、ということもあるけれど。

 なによりも彼女は「あれ」を見たのに、悪魔だと思っている相手に打ち明け話をしたのだ。

 ひるまずに会話を続けた彼女なら、という希望を持ちそうになるのも無理はないと思うのだ。

 だからこそ力を与えようだなんて言葉が出てしまった。願いを叶えてあげたくて。


 ただ……彼女は全てを知っても、同じことを想ってくれるだろうか。

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