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そうだ、聖女になろう

 大神官アージェス様の声は、馬車の前につくまでの間にも、頭の中でずっと繰り返し再生され続けた。

 家に戻ってからもずっとこだましていた。

 同時に、あの美しい大神官様のご尊顔を見上げた時の視覚記憶も再生され、私はうっとりと誰もいない斜め上を見上げてつぶやいた。


「大神官様……」


 すると側にいた侍女のマイアがあきれ顔で指摘した。


「レイラディーナ様、よだれ」

「はっ!?」


 慌てて拭ったけど、あれ? よだれの跡すらなかったんだけど?


「ちょっとマイア、嘘をついたわね?」

「よだれが出ていてもおかしくないような、緩み切ったお顔をされていたのですよ」


 それで、と続けながら、マイアは私と小さなテーブルを囲んでお茶に口をつけた。


「よほど綺麗な方だったんですね、大神官様は」

「そうなの! 女神もかくやというお姿で……。他の方のぎっくり腰を気遣って、私を自ら運んでくださったところも優しくて。人に見られたくない事情がおありなのですね。大丈夫、他言いたしませんから、治療に専念なさるといいですよ、ですって。紳士だわ……」


 人を呼びたくないことを察して、自ら馬車が来る場所まで連れて行ってくれたのだ。とんでもなく良い方だ、大神官様。

 まだマイアが乗った馬車が着いていなかったので、私はそこでちょっとだけ待っていて、大神官様が先にお帰りになるのを見送ったのよね。

 ……まぁ、大神官様の行先は、王宮のすぐ横に隣接する大神殿なのだけど。


 その時ちらりと見えたけれど、馬車はとりかごのような形をしていた。

 普通のものとは違っていて、これが神殿の大神官様用のものなのだろうと思わされた。中には花が活けられていて、さすが聖別に花を使う神殿の馬車だと感心した。

 と、そこで気づく。


「私、大神官様がお綺麗な方だなんて話したかしら?」

「すぐに想像がつきましたよ。レイラディーナ様は面食いですもの」


 さらっと言われて私は驚愕する。


「え、私そんなに面食いだったかしら!?」

「あの殿下のことだって、お顔やご容姿のことしか話さなかったではありませんか」


 そうだったかしら……。私は思わず悩んでしまう。


「それより大神官様のことですね」


 優しいマイアは話を変えてくれた。

 さすが数年来の付き合いだけある。そもそも彼女は分家筋の親戚の令嬢だ。だから話し相手としての『侍女』を務めてくれているのだけど。


「そう、そうなの。私、大神官様ってとてもご高齢の方だと思っていたのだけど。まさかあんなお若い方だったなんて。殿下とそう年齢も変わらないと思うわ」

「今の大神官様は、昨年ご就任されたばかりですよ。でも強い聖霊術の使い手だと聞いております。その能力をかわれて、前神官長様のご養子になられたという噂もございますね」


 マイアは最後に「レイラディーナ様も一度は聞いたはずですけれど、すっかり忘れておられたみたいですが」と付け加えたが、そんなことを聞いている場合じゃない。


 強い聖霊術の使い手……だからお若いのに大神官に抜擢されたのかしら。

 そんな大神官様の隣にいる自分を想像してしまって、恥ずかしくて足をばたばたさせてしまう。

 顔が熱くなる。


 誰に言われなくてもなんとなくわかる。

 これが、きっと恋。

 ルウェイン殿下の時は、あれだけかっこいい人が私を望んでくれるのかと思ってドキドキしたし、恋をしてしまったんだと思ったけど、やっぱり違う。


 ……つい王子のことを思い出してしまった私は、ちょっと我に返る。

 優しくしてくれたからといって、大神官様が私を好きになって下さるかどうかわからない。

 昨日のことは、大神官様にとっては怪我人を介抱しただけのものだろう。下手をすると、既に私のことも忘れ去っているんじゃないだろうか……。

 とたんに落ち込んで、うつむいてしまう。


「どうなさったんですかレイラディーナ様。何か妄想されておられたようですけれど、何か問題が?」

「だって大神官様に告白したって、フラれる可能性も……でももうフラれるのは嫌……」

「ああ、脳内でそこまで飛躍していらっしゃったんですか……。でも神官様方のご結婚は政略は認められないそうですからね。なおのことレイラディーナ様の分が悪いのは確かです」


 大神官様だって、王子に婚約手前で『あれ無しで』をされた女は、避けたいかもしれない。

 断られるぐらいなら……好きだなんて言わなければいい。

 けど側にいたい。

 その願いを叶えるためには、神官になるのも一つの方法だろう。ただし私は弱い聖霊術しか使えないから、大神官様に近い立場に配置してもらえるとは限らない。

 と、そこで私は思い出した。


「聖女……」


 そうだ、聖女という手がある。

 三年の任期で、立候補した女性達の中から選ばれる、お飾りの役職。

 最近は家格がやや低い貴族令嬢達ばかりが立候補し、その中から選ばれているという。立候補者の中にあまり聖霊術の強い女性があまりいないので、私でも選んでもらえるかもしれない。

 しかも三年後、そのまま神殿に残ることもできるのだ。


「てことは一生、大神官様のお傍で片思いできる……」


 なんて素敵な職業、聖女!

 夢想に浸っていた私は、また何か変なことを想いついたと言わんばかりの表情をするマイアに言った。


「私、聖女になるわ! 神殿への手続きをするので、お父様がご帰宅されたら教えてちょうだい!」


 その晩、私はお父様に何度も「考え直そうレイラちゃん! お婿さんなら隣国から探してきたっていいんだから!」

 という説得の言葉に、首を横に振り続けた。

 我が家の跡継ぎならお兄様がいるのだし、私が結婚しなくても問題ないだろう。

 頑として聞き入れない私に、お父様もやがて折れてくれた。


 一か月後。

 聖女に立候補する期限に間に合った私は、選定のため神殿に移り住んだ。召使いも侍女のマイアでさえ連れて来られなかったが、それでも私は満足だ。

 よし、頑張って聖女にふさわしいお淑やかな女だと認めてもらおうと、意気揚々と聖女候補達の顔合わせに望んだのだが。


「皆様初めまして。シンシア・オルブライトです」


 聖女候補の中に、なぜか王子の婚約者シンシアがいた。

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