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私をここへ連れて来たわけ

「ここは……」


 ぽっかりと、森の中に穴が開いたみたいだった。

 そう思うくらいに、かなり遠くまで大きく円形に木も草も生えていない。

 黒い土の上に飛ばされてきた枯草が、風に吹かれてカサリと音を立てて、またどこかへ移動していく。

 馬から降りた大神官様が、私を降ろしながら話してくれる。


「最初は、もっと広い範囲が、枯れ木と土だけしかない状態でした。それでも少しずつ外側から新しい芽が出て、緑が回復してきたのですが」


 だからか、と私は思い当たる。

 枯れ木の間に生えていた若木は、奈落のせいで朽ちた場所に新たに芽吹いたものだったんだ。


「レイラディーナ殿、こちらへどうぞ。他の者はそこで待機を」


 大神官様は、私だけを連れて何もない土の上を進む。

 これから二人だけで聖霊術でも使うのだろうか? よくわからないながらも、ついていく。


「奈落が出来ると、こうなるんですね……」


 固い土を踏みしめて進んでいると、自然とそう言っていた。こうして王都の外へ出ても、神殿の庭でも、舗装をしたりひっきりなしに馬車や人が歩く場所以外には、草が生えるもの。

 だからこそ一つも見当たらない場所というのは、珍しくて、異常だった。


「いいえ、ここは奈落のせいでこうなったのではないのですよ」


 他の神官達からは見えても、かなり距離がある場所で大神官様は立ち止まった。

 地面を見つめて、大神官様がぽつりと漏らす。


「ここで、私はずっとうずくまっていました」

「え……」


 大神官様がここにいた。奈落ではない?

 その言葉から連想するものに、さすがに私も気づいた。


「もしかして大神官様が、前神官長様と出会われた場所……ですか?」


 すると大神官様が苦笑する。


「綺麗に言いかえるとそうなりますね。そう、私が奈落のようなものを作り出し、枯れ果てさせた場所なのです」


 ぽつぽつと語られたところによると、大神官様の故郷は、ルセラード公爵領だった。

 大神官様の養父である前神官長様は、ルセラード公爵からの要請で奈落を確認しに来て、これが普通のものではないことを、聖霊から聞いて知ったのだそう。

 聖霊を巻き込んで、枯れさせているわけではなく。

 聖霊達は大神官様を生かすために周囲の力を与え、しまいに自分の力まで与えていた。


 だから前神官長様は、保護することで奈落のようになっていたものを消し、それが人の子の仕業だとわからないように大神官様を隠したのだとか。


「普通の奈落だと、聖霊を集めて何度か力をほどこせば、すぐに草木が芽吹くものです。けれど私の仕業だったために、回復がとても遅かった」


 森で命を支えていた近くの村は、暮らせずに人が出て行った。最終的には公爵の判断で村を閉鎖したらしい。

 それでは大神官様のことについても、記憶から消えない人も多いだろう。そう判断されて、前神官長達様は彼をルセラード公爵領へ近づけないようにしていたのだとか。


「でも、気にしてはいました。今は大神官として顔を隠すことだって認めさせられる特権もあります。だからこそ、行ってこの目で確かめたいと……。そのためだけにルセラード公爵達が嬉しくない思惑を持っているとわかっていながら、招かれて応じたのです」

「そうだったのですか……」


 大神官様が動くとなれば、貴族からの要請か、よほどの事態がなければならないから。ようやく理由が納得できて、私はすっきりとした気持ちになる。


「あなたには、ひどい思いをさせることになってしまいました……。すみません、レイラディーナ殿」


 謝る大神官様に、私は慌てて手をぱたぱたと振った。


「そんなことありません大神官様。その。ご寄付の関係もあるのですよね? 食事量で色々と財政を圧迫している身として、受け入れるべきお話だったとわかっておりますので」

「いいえ。神殿として聖女を守る義務があるのに、私は完璧にあなたをお守りすることができなかったのです」


「大丈夫です。あの、私に術までかけて、万が一の場合には安全な場所へ移動できるようにしてくださっていたのですし」

「ああ、あれですか」


 そこで大神官様は、ちょっと視線をそらした。


「他の男があなたに触れるなど、許せるものではありません。私の管理下にいてあなたを護衛する役目がある者ならまだしも……他の者になど」


 そうして大神官様は、私の手をそっと掴むと持ち上げる。そのまま一礼するように腰を曲げて、私の指先に額を軽くつけた。


「改めてお詫びいたします。女性同士のことと考えて、公爵令嬢の無礼なふるまいについても、注意するのが遅れました。それに少しだけ、私の邪な想いがそのままにさせてしまったというか……」

「邪? 大神官様がそんな……」

「私が、嫉妬していただきたかったからだ、と申し上げても……そう言って下さいますか?」


 嫉妬してほしい!? うそ! 大神官様が私に!


「それは、確かに嫉妬しましたけれど、でもだって、大神官様の方が嫉妬してほしいだなんてそんな……嬉しすぎです」


 驚きのあまり、口から考えていたことが駄々漏れになった。

 気づいて口を塞ごうとしたけれど、その手を両方とも掴まれてしまう。

 そして真剣な眼差しで尋ねられた。


「それなら、私があなたを好きだと言っても、嬉しいと思って下さいますか?」


 私は息が止まるかと思った。


「す、す、すき?」

「ええ、好きです」

「大神官様が、私を?」


 うわごとみたいな私の言葉に、大神官様が律儀に返して下さる。


「ええ、あなたが好きです」


 もう一度聞いた瞬間、頭の中が一気に薔薇色になる。

 そんな感覚を味わって、私は困惑した。

 これは夢なんじゃないだろうか。幸せ過ぎて、嘘みたい。

 ……考え始めると、やっぱり幻かなんかのような気がしてきたわ。

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