番外編7 鳥かごに入れられた理由
とりあえず、私は鳥かごから出ようとした。
急に姿を消したのだから、オーレスさんも度肝を抜かれたはず。戻って説明しようとしたのだけれど、扉を開けたらすぐそこに神殿衛士が来ていた。
そして私に言う。
「中にいらっしゃってください、聖女様」
「え? どうして」
「大神官様から、あらかじめ言いつけられております。大神官様が戻られるまで、ここに聖女様を止めておくようにと」
なんと、大神官様は私が鳥かご馬車に移動したら、そこから出ないように手配していたというのだ。
でも待って。大神官様は離れた町に行っていたの。すぐには戻れないわ。
少なくとも私は夕方までここに閉じ込められるということ?
それはちょっと困る。
なんとか出してもらえないか、神殿衛士に交渉しようとしたその時、白い翼が目の前に広がった。
「うべっ!」
綿のような感触のものが顔面にぶつかりながら《はうすー》と騒いで消える。
その時には、目の前に大神官様が座っていらっしゃった。
「あれ、その、大神官様……もうお戻りに? まさか神力をお使いになったのですか?」
力が枯渇してしまうと、大神官様は周囲の草や木を枯らしてしまう。それが露見しないための馬車に帰還したのだから、聖霊術を使わなければならない事態が起こったのだろうか。
慌てた私に、大神官様は微笑む。
「そういうことではありませんよ、レイラディーナ殿。私は知らせを受けて、急いで戻ったのです」
「知らせですか?」
何か緊急事態が起こったのかしら。ますます頬がこわばっていく私の頭を、大神官様は撫でた。
「誰かに、むやみに触れられたりしませんでしたか?」
「えっ?」
言われた瞬間に思い出したのは、オーレスさんに馬から降ろされそうになった一件だった。すると周囲にいた聖霊達が騒ぎ出す。
《こうしゃくのこどもー》
《せーじょにさわった》
《さわった》
《やだー》
一斉に、先ほどのオーレスの行動を口にし始めて、私は焦った。なんだかそれじゃ、あまりにもこう、いやらしいことをしたみたいに聞こえるわ!
「確かに触ったのですけど、馬から降ろそうとしてのことなんです。だから何かこう、いやらしいことをしようとしたわけではないので」
なのに大神官様が首を横に振った。
「いいえ、それではだめですね」
「どうしてですか?」
「私は聖霊に、聖女がよしとしないのに触れられた場合、と条件を付けてこの鳥かごにあなたを移動させるように指示しました。なので、そういう意図がなかったとしても、控えていたはずの神殿の者を押しのけるようにして、レイラディーナ殿に手を貸そうとしたのではありませんか?」
「その通りです……」
まるで見てきたかのような大神官様の言葉に、私はうなずくしかなかった。
むしろ、聖霊から先に全て聞いていたのではないかと疑う。
「聖女や私のために、神官達が同行してくれているのです。実際には難しいことでしょうけれど、身分を盾に神官達の行動を阻害したことを、いつまでも許してはならないでしょう……」
そうして大神官様は小さく付け加えた。
「そろそろ、我慢してあげるのも終わりにしますか」
一体どういう意味なんだろう。首をかしげる私に、大神官様は微笑みながら外へ出るよう促して手を引いて下さる。
そうして公爵家の館の中に戻ろうと、馬車から降りて歩き出す。
途中で私の姿を探していたのか、館の使用人が走ってきたり、誰かに連絡しに行く。
やがてエントランスで私達の前に現れたのは、オーレスさんだ。
「聖女様ご無事でしたか! それに大神官様まで……」
戸惑った様子のオーレスさんは、まずは大神官様に一礼した。
「視察からのお戻り、お疲れ様でございます。聖女様といい何か急なご用件があったのですか?」
たぶんオーレスさんは、聖霊術で転移した私と、遠方にいるはずなのに急に現れた大神官様を見て、神殿なりの理由で二人が集まるような事件でも起こったのかと思ったのではないかしら?
だから心底不安そうな顔をしているのだと思うの。
一方の大神官様は、むしろそんなオーレスさんを冷たい表情で見ていた。
「ええ、聖女の方に問題がありましたので」
「聖女様、具合が悪かったのですか? 館にすぐ医師を呼びますので……」
そう言いながらオーレスさんは私に近づき、手を伸ばして来ようとしたのだけど。
大神官様が彼の手首を掴んで止めた。
「聖女にたやすく触れるなど、不敬ですよ」
「ひぇっ!」
大神官様に止められるとさすがに怖かったのか、すぐに手をひっこめたオーレスさんだったが、大神官様はさらに言った。
「聖女が意図しない状況で触れた不届き者がいましたので、彼女を安全な場所に移動させる術が発動したのです。そんな真似をした者の名はもう、聖霊に聞いております。ルセラード公爵には厳重に抗議させていただくとともに、明日には王都へ戻ることにいたします」
「えっ、あのっ」
大慌ててで、とりなそうとしたオーレスさんだったけど、上手い言い訳を思いつかないみたい。腕を上下に動かしながら「ええと」とか「そのっ」と言うばかりだ。
でも大神官様は、彼を無視して私の手を引いて歩き出す。
そのまま館の中の部屋まで移動したところで、大神官様は私に言った。
「気をつけて下さい。レイラディーナ殿は、一生聖女の称号を望まれているというお話はしましたよね?」
「は、はい」
「だからこそ、あなたの価値は上がっているのです」
「価値……?」
首をかしげると、大神官様はさらに説明して下さった。
「……この言い方ではわかりにくいですね。神殿との強い結びつきが欲しい貴族家は、皆、生涯聖女として神殿に強い影響を与え続けるあなたと、結婚で結びつきたいと考えているのです」
「……それは」
嘘だと言いたかった。でも私は、大神官様がそう言った意味を察した。




