番外編6 不可解な行動、不可解さ発動
そういうわけで翌日、食事も別にしてもらって部屋で静かに過ごしました。
一応、疲れているということになっているので。
大神官様は私と一緒にお茶をするために訪問してくださるか、神官様達とだけ集まって聖霊術を使うという行動をしていた。
午後のお茶の時には、大神官様は丁寧に「お腹の空き具合はいかがですか?」と尋ねてくれた上で、
「私が目を離した隙に、万が一のことがあってはいけませんから、一応あなたにもお呪いをかけておきましょう」
と言って、私の髪に白い花を一輪さして、聖霊を一匹私の肩に乗せた。
「では、さっき頼んだ通りに」
聖霊にそう言うと、今度は公爵のお話を聞く時間になったようで、退出された。
私の方は優しくされた上、髪に花まで飾っていただいて有頂天になりかけた。
「好きな人に、あんなふうにそっと髪に花を飾られるのとか、憧れだったのよね……」
少し前までは、それを婚約者にしてほしかったものだが、結婚する気持ちが無くなったのでその夢は捨てたのだ。
なのに思いがけず大神官様が夢を叶えて下さったので「私、大神官様についていきます」と何度目か知れない決意をしたりしていた。
すると扉が叩かれる。
公爵家の召使いが入って来て、ローラ様がお茶を一緒にどうかと誘っていると聞いた。
私はちょっと考える。
こうして私の所にもお茶の誘いをするということは、昨日ははしゃぎすぎてしまっただけ、という可能性があるな、と。
今日からは普通に対応してくれるのかもしれない。それならと思った私は、ローラ様のお誘いに応じた。
「ようこそ聖女レイラディーナ様。少しでもお話させていただければ嬉しいですわ」
笑顔で手を差し出すローラ様に、私も応じた。
「私も、ルセラード公爵領のことなど、お聞かせいただければと思っております」
席について、まずは当たり障りのなさそうな会話から始める。
「公爵家から視察の要望があったとうかがっておりますわ。ローラ様はご領地に関して、何か気になることはございましたか?」
「ああ、そういうことでしたら、父が大神官様にお話していると思いますわ」
最初からばさっと、会話が断ち切られた。
鼻白んでいる私に、ローラ様は別な話題を切り出してくる。
「それよりも大神官様のことをお聞きしたいわ」
「……大神官様の?」
「お茶のお好みはご存じです? お菓子はお召し上がりになられるのかしら?」
「お菓子は召し上がられることはありますけれど、お茶のお好みだなんて詳しいことまでは……」
私は困惑する。
ローラ様って、情報収集のために私を呼んだの?
「でもそんなことを聞いても……」
「ご存じないのでしたら、結構ですわ」
再びローラ様は会話を打ち切る。笑顔だけれど、とても感じが悪い。
もやもやしながらも、またローラ様が振ってくる話題に、私がぽつぽつと答えるということを繰り返す。
「レイラディーナ様、そのお茶のポットを取って下さるかしら?」
「ええ、いいですよ」
給仕をさせた召使は部屋の隅に二人も立たせているのに、ローラ様は私に頼む。でもすぐ私の側にあるものなので、渡すぐらいのことは良くあること。
そう思ってポットを渡したのだけれど。
ポットを掴もうとしたローラ様の手が、ぐいと自分の方へポットを引き寄せる。まだ渡してもいないのに。
当然ポットの上が傾く。このままでは中のお湯がこぼれてしまうわ!
ハッとした私は叫んだ。
「聖霊お願い!」
聖霊が現れて、とっさにポットの上部を厚く凍り付かせた。
「ひぇっ!?」
ポットを引き寄せようとしたローラ様は、自分の指も凍りそうになって手を離していた。
ポットを掴んだままだった私は、それをテーブルの上に置いて言った。
「大事なくて何よりですわ。とりあえずお茶は沢山いただきましたので、お暇させていただきますわね」
ポットが凍ってしまっては仕方ない。それに話題がなんだか微妙だったので、早く切り上げたかったので丁度よかった。
私は挨拶すると、まだ驚きから立ち直り切っていないローラ様を置いて部屋を出たのだった。
ローラ様が大神官様のことを好きらしいこと、そのせいか周囲のことが良く見えていないことは良くわかった。
それならやっぱり、公爵閣下にそれとなく注意するようわかるようにしたかったのだけど、私が休もうとすると、大神官様も休んでしまうのがわかったのでそれはできない。
なので翌日は、視察について行った上で途中で帰ることにした。
折良く、ローラ様は前回のように私に配慮しないままだったので「少し気分が悪いので」と私はその場を離れようとした。
そこで一人の青年が、視察の集団に追いついてきた。
金茶の短髪の青年だ。おそらく公爵の親族だろうと思っていたら、ローラ様の三番目の兄だという。
彼を出迎えた公爵は「そうだちょうどいい、オーレス。聖女様を家までお送りしなさい」と、彼に命じた。
さすがにローラ様を大神官様に近づけたい公爵も、私が早々に館に戻ると言ったところで、気分を害したことは気づいたのだろう。来たばかりのオーレスさんに、私の付き添いを命じた。
公爵の息子の随行は拒みにくい。
またしても公爵が焦る要素が潰されてしまった。私ってついていないのだろうかと思いながら、オーレスさんに先導されて館へ戻ったのだけど。
「私が手をお貸しいたしましょう」
馬から降りようとすると、私を乗せていた神官を押しのけるようにしてオーレスさんが手を伸ばして来る。
神官も相手が公爵の息子ということで、どうすべきか困っているようだ。
ここは断るべきだろうか。でも神官と公爵の息子なら、やはり神官の方に譲ってもらうのが正しいだろうか。
考えていると、オーレスさんの方が焦れたようで手を掴もうとしてきた。
「大丈夫、落とすようなことはしません」
そうしてオーレスさんの手が触れた瞬間、私の肩から聖霊が飛び立つ気配がした。
《はうすー!》
《はうすだよー!》
「ええっ!?」
あっという間にどこからともなく白い鳥の姿をした聖霊が集まって、視界を埋め尽くす。
そして気付けば、私は見覚えのある馬車の中にいた。
……あの、鳥かごのような形をした馬車だ。中に花がいっぱい生けてあるので、間違いない。
「え、私もここに戻って来る術がかかってたの?」
これはどういうことなのか、大神官様に確認せねば。




