番外編4 公爵令嬢の小さな策略
翌日は、都市周辺を見て回ることになっていた。
近い距離なのと、森の方は道が綺麗に舗装されていないということで、馬を使うことになっている。
大神官様も自ら馬に乗られるようで、館の前まで連れて来られた鹿毛の馬に乗った。
ああ……さっそうと騎乗される姿も、とても凛々しいわ。
うっとりしていた私の方は、さすがに大神官様に同乗させて頂くわけにはいかないので、今回一緒に随行してくれている神官衛士さんに乗せてもらった。
公爵様も騎乗し、出発しようという頃に、ローラ様はやってきた。
「ご一緒させて下さいませ」
そう言ったローラ様は、自ら馬を走らせるようだ。彼女が着ているのは、目立たない茶色を基調にした乗馬ドレスだったけれど、ところどころに赤いラインやリボンを使っていて可愛らしい。
聖女らしい服を着続ける必要がある私は、髪には透ける白のベールに、遠出するからと紺色のドレスを着ている。白のレースをところどころ使っているから地味ではないけれど、なんとなく自由に着飾れるローラ様が羨ましくなった。
……でも、聖女で居続ける方が大事なので我慢できる。
そうして出発してから、私はローラ様が自ら騎乗してきた理由を察した。
自分で馬に乗っていれば、大神官様と並んで馬を歩かせながら談笑ができるのだ。
公爵様はローラ様が来るとすぐに先頭へ移動してしまい、それ以降は大神官様のお話し相手はローラ様がつとめている。
ちょっと心がもやっとした。
招いた側である公爵家としては、令嬢であるローラ様が大神官様をもてなすために、お話を振って退屈させないようにするというのは理解できるのだけど。
それなら、聖女の私とお話してもいいのではないかしら? そもそも私、公爵様は大神官様と、ローラ様は私とお話をするのだとばかり思っていたの。
その後畑を見て回った時にも、見事に私は放置され、もしくは公爵様がわざわざ話しかけて下さった。
けれど大神官様にはローラ様がべったりで、公爵様もそれをとがめないのは……やっぱり。
今回の視察は、ローラ様が公爵様に頼んで実現させたのだろう。
大神官様が婿になれば、公爵様も万々歳だ。娘から、少し良い雰囲気だったと聞かされたら、乗り気になって協力するだろう。
昨日は疑って悪かったなと反省していた分だけ、心がもやもやする。
それをお腹が空いたのだと勘違いしたのか、森を見ていた大神官様が私の側へやってきた。
「レイラディーナ殿、具合は大丈夫ですか?」
「あ、はい大丈夫です」
さすがに人前で「お腹が空いたんですか?」とは尋ねられなかったけれど、大神官様の目がそう言っている気がする……。
大神官様は、続けて何かを言おうとした。その前に、ローラ様が横から割って入ってくる。
「聖女様は体調不良でいらっしゃるのですか? でしたら、家の者に護衛させて館にお戻り頂くこともできますわ、大神官様」
……実はローラ様のこの言葉に、私はちょっとムッとした。
言っていることは問題はない。けれど目の前にいるのだもの、ローラ様は私本人に具合が悪いのか尋ね、館に戻るかどうかを確認すればいいのではないかしら。
なのに大神官様に尋ねるということは、こう……私の存在を無視しているみたいでしょう? むしろ私のことをダシにして、大神官様と会話しているみたいで。
微妙な気持ちになっていると、大神官様がローラ様に言った。
「いいえ、体調のことではなくて聖霊術に関することで話があるのです」
そうして他の随行している神官達をも見回すようにして言った。
「森の中で、聖霊に関する儀式を行います。皆、ここで待機していてください」
大神官様は私の手を引いて、森の中に踏み入ろうとする。小さな近くの村人が通るのだろう、踏み固められた道を進むつもりみたいだ。
「大神官様護衛か、付き添いは……」
ローラ様が追いすがるけれど、大神官様は微笑んで言った。
「これは神官としての務めですので。公爵閣下とローラ殿はご遠慮下さい」
はっきりと言われては、ローラ様も無理は言えなかったのだろう。大人しくその場に留まる。
一方の大神官様は、私と森の中の、他の人から姿が見えなくなったところで立ち止まった。
「お腹が空きましたか? 大丈夫ですか?」
あ、でもやっぱり空腹と勘違いされていた。
「いいえ、まだお腹のすき具合は……」
と言ったとたんに、小さく「くう」とお腹から音がした。
恥ずかしさにその場にうずくまりたかったけれど、大神官様は笑いもせず「無理をなさらないでください」と言って、持ち歩いていた荷物から砂糖菓子を渡してくれた。
それを口にほおばって食べた後大神官様は、来た道を戻ろうと促してくる。
素直に従っていると、ふいに大神官様がつぶやくような声で言った。
「もう少しだけ、我慢していてくださいね。何かあった時のための対処はしてありますので」
「え……?」
どういうことなのかしら。聞き返したかったけれど、すぐにみんなの所に戻ってしまったために、尋ねることもできなかったのだった。
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