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番外編3 ルセラード公爵領へ

 そんなものを観察することになるのは辛い。

 けれど二人のことも気になる。特に大神官様がどうするのかとか……。


「気になるものね、うん」


 そう考えると、もし私が随行する予定ではなかったとしても、ついて行ってしまったかもしれない。

 私は移動のための荷物を助神官に用意してもらい、数日後、大神官様と一緒の馬車に乗った。


 大神官様の馬車は、丸い円形の屋根がある鳥かご型をした馬車だった。

 作りは黒塗りの普通の馬車と同じなのだけど、その特徴的な形が、神殿のものらしい雰囲気がある。


 もちろん、大神官様は馬車に帰還の術をかけただけではなかった。

 この馬車と、他の馬車にも大量の種を常備しているそうで。道々で購入したり採取した花では間に合わなかった場合、付き添いの祭司を主な仕事としている祭神官様が、夜中にせっせと花を咲かせては、馬車の中に常備するらしい。


 なんというか、その様子を想像するともの悲しい気がするの……。

 けれど大神官様のお力のことを隠すには、それしかない。

 しかももう一つ問題がある。私の食事だ。


「遠出をするのでは、レイラディーナ殿を全ての目から覆い隠すのは難しいので」と言われて、今回だけ神力の通路をわざと細くしていただいた。

 おかげで昨日から、普通の人より少し多めに食べるだけで済んでいる。


「聖霊術が弱まるのは不安ですけれど……、他の貴族のお屋敷で大食いをすることにならなくて良かったですわ。食べるのはいいのですけれど、さすがに人の目は気になりますから」


 しかも、大神官様に片想いをする私にとっては恋敵。私の中ではもうローラ様への認識は、そういうことになっている。

 そんな人の前で、三人前をぺろっと平らげる姿など見せられない。乙女としてありえないわ!


「そうよ……ローラ様に取られてしまうとしたって、せめて大食いのことだけは隠さなくちゃ……」


 ぶつぶつとつぶやいていたら、私がお腹が空いたと勘違いしたのかもしれない。


「レイラディーナ殿、お一ついかがですか?」


 と大神官様が、クッキーが入った小さな袋を差し出して下さる。


「一袋全てどうぞ」


 そう言い添えるということは、大神官様の言う『お一つ』は一袋の単位のことなんだろう。


「あ、ありがとうございます」


 笑顔で受け取りながら、腹ペコ娘という認識が浸透してしまった以上、大神官様が私のことを意識してくださることはないのかもしれない……と、少し落ち込むような気持ちにもなったのだった。



 それでも、大神官様との旅行は嬉しいものだった。

 時々はそうして一緒の馬車に乗って話をして、後は長い旅路で私がつかれ過ぎないよう、休めるように用意して下さっていた別の馬車に、女性の助神官と乗って足をのばしたりさせてもらった。


 やがて馬車で進むこと五日。

 ようやくルセラード公爵の居館がある都市に到着した。


 見渡す限り、穀倉地帯らしい広い畑が広がる平野部をよぎっていくと、低いながらも壁に囲まれた都市の姿が見える。

 都市の建物は、壁の外にも広がっていた。

 獣避けなのか不法侵入者を警戒してのものなのか、外縁では新たな壁が、作られ始めている様子が見られる。


 馬車は都市の中を進んだ。

 大神官様がやってくることは、民にも周知されていたんだろう。神殿の馬車を見かけた人々は、道を開けて一礼してくれる。

 さすがは大神官様のご威光だと思う私を乗せた馬車は、町の中央に作られた道を通り、都市の北側にある、公爵の館に到着した。


 都市に隣接しながらも、独自の塀に囲まれた公爵の館は、そこそこ大きなものだった。

塀の中の庭も、王家の庭ほどの広さはある。

 そもそも王都に立てられる貴族の屋敷は、庭もそれほど広くはできない。ある程度の大きさが欲しいなら、王都の外縁に土地を求めるしかないのだ。


 そしてルセラード公爵の館は、それよりも歴史を感じさせる重厚な石造りの外観だ。

 さすが古い家系の公爵家と思いつつ、馬車を降りようとする。

 その時、手を差し出してくれたのは大神官様だった。


「え、大神官様?」


 どうして従者のような真似をするんだろうと驚けば、大神官様は微笑む。


「先に降りていましたから」


 そういうものではないと思うのだけど、大神官様の手に触れられるのは嬉しいので、お礼を言って手を借りて馬車を降りた。

 私達が降りるのを待っていたように、エントランスの扉が開く。

 そうして現れたのは、中年の茶の髪の貴族男性と、明るい印象を与える薄黄色のドレスを着たローラ様だった。


 ローラ様のお父様、ルセラード公爵はうちのお父様と違ってウエストサイズも程よい感じで、羨ましい……。あ、うちのお父様も優しくて素敵な人ですけれどね。

 私と大神官様の前に立った公爵は、一礼する。


「ようこそおいで下さいました、大神官様、聖女様。わが領地をご祝福いただけること、誠に喜ばしく感激しております。まずはどうぞ、中でお休みくださいませ」


 公爵に案内されて、私と大神官様は館の中の日当たりの良い部屋で、お茶とお菓子をふるまわれた。

 以前よりはお腹が空きにくくなった私だけれど、やはり少しは人より食べる状態だ。あればついお菓子に手が伸びてしまう。

 ちょこちょこと焼き菓子をつまんでしまった私だけど、大人しくお茶に少し口をつけただけのローラ様を見て、はっとして手を止める。

 うう、ものすごく食べる人だと思われたくなかったはずなのに、食い気に負けてしまったわ。


 そんな私の横で、大神官様と公爵が今後の予定を話していた。

 まずは、この都市周辺の畑や森を見て回ることになりそう。それはすぐ終わるみたい。

 それから近くの町を二つ三つ視察するようだ。


「ルセラード公爵領には、過去の奈落の跡があると聞いています。町のどれかは、奈落の跡に近いでしょうか? そちらの視察も行えればと思うのですが」


 大神官様の要望に、公爵様は微笑んでうなずいた。


「はい、三つ目に訪れて頂く予定の町の近くになります。奈落の側はまだ森が再生しておらず、大神官様に一度ご覧になっていただければ本当に有り難いと思っております」


 話をする間、ローラ様はただ黙って微笑む淑女らしい対応をしていた。

 その日の晩餐の時も、特に何か目立つこともしなかった。


「あら。本当に公爵様が視察をご依頼なさったのかしら?」


 ローラ様が懇願して視察を依頼したのではなかったとしたら、とんでもない勘違いをしたのではないかと恥ずかしくなった私だったけれど。

 次の日から、ローラ様は動き始めた。

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