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運命の出会いは突然に

 噂の的になっていた理由には、納得した。

 婚約内定の話を皆が知っているせいで、私は捨てられた女扱いされているんだ。なのに婚約発表会に来たから……。


「王家は、我が家に……恨みでもあるのですか?」

「というよりは、新しく婚約者にした相手の方が、特別な能力を持っていて……。本決まりにするつもりだったお前から、急きょ変更したようだ、と第二王子派閥の方が教えてくれてな」

「特別な能力?」

「聖霊が見えるのだそうだ。それで領地の災害を未然に知らせたとかで……たぶん、その能力を欲しがられたのだろう。最近は急な土地枯れや気候の変動が多いから……」

「せい……れい」


 この世界は、神力が満ちている。

 その力を振るうことができる存在を聖霊と言うのだけど、普通の人間には幽霊のように姿が見えない。けれど才能がある人は、聖霊を視認できて、彼らに力を振るわせて風や火をおこしたりもできるのだ。


 見るだけなら、私もうっすらと白い影みたいに見ることはできる。

 はっきりと識別できる人になると、たいていは神殿で神官になる。神殿は聖霊が混乱して起こす災害や、神力の均衡が崩れてできる災害にも対処してくれる。

 王侯貴族は自分の領地で災害が起こった時に、いち早く神殿に駆け付けてもらえるように、様々な配慮をし尊重しているから、王家よりも神殿への忠誠心の方が強いかもしれない。


 だから王家は、聖霊を見る力が強い女性を、王族に迎えたかったのだろう、というのがお父様の推測だった。将来、王族にそういった者が多く生まれたら、王族が神殿に神官として入り、大きな影響を与えることができるようになるから。


 王家が強い権力を持ちたいことぐらいは、私にも理解できる。

 だからって、私がみじめなことには変わりない。


「私、このままじゃもう結婚できない……」


 あの王子が結婚式の招待状が届いても『そういえばレイラディーナ様が』とささやかれてしまう。

 もちろん結婚式に出席しないわけにはいかないから、会場で『そういえばレイラディーナ様が』と言われるのだ。下手をすると王子妃が出産しても『そういえば(以下略)』と噂が再発する可能性だってある。

 そんな女の所に縁談なんて来るわけがない。

 しかも向こう十年くらいは風化しないだろう。私は立派な行遅れに……。


 絶望するしかない私は、小さく「もう帰りたい」とこぼしてしまった。


 その矢先に国王陛下とルウェイン王子、そして正式な婚約者が現れた。


 庭園に下りる階段の上に現れた黒髪に黒赤の瞳の青年が王子だ。寄り添うように隣に立っているのは、正式な婚約者だろう。

 ルウェイン王子は、幸せそうに微笑んでいた。

 それがまた私の心に突き刺さる。


 婚約の儀式が始まると、白い紗を被った大神官様の前で、二人はひざまずいた。短い儀式が終わると、神官が差し出した白い大輪の花を受け取った王子は、はにかむような表情で、婚約者の髪に飾った。

 私が婚約の打診に返事をしに行った時は、ずっと無表情なままだったのに。


 もしかして……嫌われてたの? 私。

 婚約を打診して来たのは王家の方だし、王子も嫌々ながら承諾したわけではないと信じていたけど、それがもう間違いだった?。


 確かに婚約者になった彼女は、とても可愛いらしい人だった。柔らかそうな、光に透かすと金に見える亜麻色の髪に、澄んだ緑の瞳の美少女。

 名前までシンシアという可憐な彼女は、伯爵家の令嬢らしい。……シンシア嬢みたいに可愛らしくもない私なんて、花束一つ贈るのも面倒だったのかもしれない。

 なのに信じていた私が……ばかだったんだ。

 そっと唇を噛んでうつむく。


 そんな私に追い打ちをかけるように、貴族達がひそひそと話す声が聞こえた。


「あの噂は本当だったのでは?」

「カルヴァート侯爵家が婚約をねじ込んだのかもしれないっていうお話? お二人の仲睦まじいお姿をみていたら、本当かと思えてきましたわね」

「そうしたら、王子は恋するご令嬢と結ばれるために、カルヴァート侯爵家には内定だからと決定を引きのばしていたのかしら?」

「シンシア嬢との婚約は、すぐに国王陛下も決定なさったようですものね」


 ひどいわ、こちらから婚約してくれと言ったわけじゃない。なのに私の方が悪者にされてしまうだなんて。

 それでもぐっとお腹に力を入れて我慢して……。

 国王陛下の話が終わると同時に私はお父様に帰ると伝え、急いで庭園を後にした。


 庭園から王宮内に入ると、戸口で控えていた王宮の召使いがいたので、家の馬車を呼んでくれるように頼む。

 そうして回廊を早歩きで進む。


 でも王宮は広い。発表会を行っている庭園の位置が悪いせいか、ぐるりと王宮の中を巡っていかなければならない。

 急いで急いで、だけど頭の中は幸せそうなルウェイン王子とシンシア嬢の姿でいっぱいで、足下がいつおろそかになってもおかしくなかったんだろう。


 ふとした瞬間につま先が突っかかり、その場に転んでしまう。

 ちょうど、エントランスに近いその回廊には誰もいなかった。

 誰にも無様な姿は見られなかったけれど、膝の痛みと、転んだ恥ずかしさで、押さえていた気持ちが決壊する。


「う……」


 口を引き結んでも、ぼろぼろと涙が溢れてきてしまう。

 悔しい、と呻きそうになって、それだけは必死に押し殺した。

 ここで声さえ出さずに急いで涙を止めたら、誰にも見られずに済むと思ったのに。


「気分が悪いのですか?」


 尋ねられて、血の気が引いた。

 このままじゃ、捨てられた女が泣いていたと、いい噂の種にされてしまう。なんとかこの場を誤魔化せないか、でも無理だと絶望しかけた時。


 うつむいていた視界に入った靴先の白い布地と、足まで隠すような白い裾。そして男性の声だと言うことではっとした。

 これは神官様の衣装ではないだろうか。それなら……言いふらされたりしない?

 相手は側に膝をついた。床に、神官服の金糸で飾られた上着の裾が広がった。間違いない。神官様だ。


 ほっとして顔を上げた私は……そのまま目を見開いてしまった。

 首元でゆるく結んで、肩にかけている淡い金の髪は、回廊に差し込む光に当たって、金剛石の欠片がちりばめられたようにきらきらとしている。

 その輝きに負けない秀麗な顔立ちには、神々しさすら感じた。白に金糸で彩られた神官服がとても良く似合っている。

 年はあの王子とそう変わらないほど若い。それなのに王族の婚約の儀式に呼ばれたのだ。とても優秀な人なのだろう。

 そんな彼の紫水晶みたいな瞳が、私に向けられている。

 呆然と見上げてしまう私に、その人は言った。


「体調が悪いのでしたら、どこか休めるよう王宮の召使いを呼んで……」

「それはだめですわ! ……あの、申し訳ございません、その、転んだだけなんですの。それにすぐそこのエントランスに、我が家の馬車を回してくれるよう頼んでおりますから。だから、お願いします」


 王宮の召使いにそんなことをお願いしたら、絶対に王族にも話が伝わってしまう。

 泣いていただなんて知られるのは嫌だ。

 だから私は急いで立ち上がった。

 ちょっと膝が痛いけれど……いや、足首もひねったかも。でも歩けないわけじゃない。

 彼と一緒にいた高齢の神官様二人に頭を下げると、私は急いで立ち去ろうとした。

 だけどすぐに肩に手を置かれて引き止められる。


「足を痛めていらっしゃるのでは?」

「あ……」


 膝をぶつけて足首をひねった右足は、どうしてもひきずることになってしまう。どう言い訳しようかと思った私だったが、その間に若い神官様は私の肩から手を離して、他の神官様に何かを言う。


 そこでようやく私は「あれっ?」と思ったのだ。まさかこの若い神官様が一番偉い人? と。

 よくよく見たら、神官服も若い彼だけがやたら豪華で。しかも、つい先ほど見たばかりのような。

 泣いて視界も滲むし頭がいっぱいいっぱいだったしで、どうやら私はそういったことに一切考えが及ばなかったみたいだ。


「あの……もしや貴方様は」


 確かめようと声をかけたら、振り返った若い神官様がずいっと私に近づき、ふいにその場でかがんだ。

 一体何をと思った瞬間、横抱きに抱えられ、不安定な状態に驚いた私は思わず彼の肩に掴まる。


「ひゃっ! えっと、これは……っ!?」

「すぐそこまでですから、お運びいたしましょう。申し訳ないが他の者では腰を痛めてしまうので、私で我慢してください」


 確かに他の方はご高齢で、私なんかを持ち上げたらぎっくり腰になりそうだけど!


「そんな、私、本当に光栄で……その、大神官様、でいらっしゃいますよね!?」


 私に尋ねられた彼がどんな顔をしているのか、あまりに距離が近すぎて見ることができなかったけれど。


「ええ、そうですよ。私が大神官のアージェス・クラインです」

 答えた声はとても優しくて、私の耳にずっと残っていた。

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