番外編 婚約内定の日
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婚約の打診があった。
「え、ルウェイン殿下から!?」
父侯爵に言われて、私は飛び上がるほど驚いた。
ルウェイン王子といえば、このエイリス王国の第一王子だ。黒髪に赤い瞳の、絵本の王子様が現実に現れたらこうなるだろうという、とても凛々しくて格好いい方である。
王宮の晩餐会や舞踏会で見かける度、その姿に見とれていた私は、降って湧いた幸運に思わず満面の笑みを浮かべてしまった。
「レイラや……なんというか、聞かなくてもお
父様は答えがわかっているけどもね。その面食いなところは、どうにかならないものかね?」
ため息をつくのは、父カルヴァート侯爵だ。
ちょっとお腹回りがふくよかすぎるけれども、とても優しいお父様は、私の頭を撫でてながら続けて言った。
「お前はまだ、絵本の王子様を卒業できないんだな」
「う……」
私はそっと目をそらす。
小さい頃から私が気に入っていた絵本というのが、可愛らしいお姫様と王子様が結婚する話ばかりだった。
中でも黒髪に赤い瞳の王子様の話が大好きで……それをお父様も覚えていたのでしょう。
「でもね、もうちょっと殿下の人となりのことも考えて、答えを出しなさい」
私の回答はもう決まっているのに、お父様はそう言って部屋を出た。
「もうちょっと考える……」
と言っても、どう考えていいのか。
殿下のことを知るとしたら、色んな人から噂話を集めるしかない。でもそれは既にやっていた。……あの素敵な王子様が、どんな人なのかを知りたかったから。
某伯爵夫人曰く『品行方正な王子様』
某侯爵令嬢曰く『とても優しい方』
とにかくルウェイン王子の評判は宜しかった。
男性らしく子供の頃には教育係から逃げて困らせたということもない、実に絵に描いたような王子様だと言うのだ。
「もちろんお父様の心配もわかるわ。王家からの打診ってことは、お父様のことを加味しての判断でしょうし。殿下が見初めて……というには、殿下と私ってあんまり接点もないもの」
もし舞踏会等で見初められたのだとしたら、ものすごくうれしい。けれどそういうことではないと、さすがの私にもわかるの。
そういったパーティーで見初めてくれたのなら、声を掛けて下さるはずだから。
「今まで全くそういうことが無かったということは……うちの領地の財力とか、そういう理由よね」
控えめに言っても、うちのお父様は商才がそこそこある。おかげで他国とも貿易を行い、領地の産物を売ったり輸入したものを売ったりして、かなりの財を持っていた。
ルウェイン王子は生母を亡くして後ろ盾が弱いから、お父様の後押しが欲しいのだろう。
「でも、打診して来たってことは、ルウェイン王子も結婚する気持ちはあるってことよね?」
よもや本人に確認も無く、打診して来たわけではないだろう。
「だとしたら、まだ頑張る余地はあるわよね? 結婚後はさすがに良好な関係を築こうとしてくださると思うの。その時に少しずつでも話し合っていければいいのよ」
そう思った私は、二週間ほどじっくりと時間を置いてから、再びお父様をせっついた。
見られないわけではないにしても、ほめたたえられるほどの美貌も特技もない私が、ルウェイン王子のような美丈夫と結婚できる機会など、もうないだろうと思ったからだ。
「そうまでいうのなら……」
二週間という時間の中で、私もある程度考えた上、あちこちで話を集めて再検討したのだと思ったのだろう。お父様はようやく受け入れ、王宮に婚約を受ける旨を知らせた。
王宮からは『婚約の内定という形で、一度約束を取り交わしたい』ということだったので、一週間後に、私はいよいよルウェイン王子に会いに行ったのだけど。
「…………」
ルウェイン王子は、思った以上に寡黙な方だった。
お父様と国王陛下が話している中でも、お互いの間に置かれているテーブルだけを見つめて、にこやかな表情もしない。
パーティ等では、もう少し柔らかい表情をしていた記憶がある。だから私も、やっぱり好かれたから婚約の話が出たのではなかったんだと納得した。
でも少し引っかかりはした。
仮にも婚約して、いずれは結婚をする相手だというのに、興味も持たないのだろうかと。
その頃、むしろお父様は婚約そのものに少し危惧を感じたらしい。
国王陛下の方から、対外的に断るのに時間がかかる相手がいるので、今は伏せておきたいので内定ということにしてほしい』とお言葉があったからだ。
ルウェイン王子に婚約の申し込みをするのだから、他国からのものなのか、古い家系の貴族からなのかもしれない。断り難い相手は王家にもいるだろうと私は納得したのだけど、お父様は保留にされているようで、少し不快感をにじませた。
その上で内定という条件を受け入れる代わりにと、貿易について許可を一つもぎとっていたのだけど。
後日お父様は、「損害が発生するような事柄が付随するなら、約束を履行しないという可能性が低くなるからね」と言っていた。言質をとるために、現物を要求したということらしい。
「それよりこのまま、婚約を進めて大丈夫かい?」
お父様もルウェイン王子の態度を心配していたようだ。けれど王子も反対したり、あからさまに嫌がったわけではないので、私がうなずけば婚約を取りやめるとは言わなかった。
……少しはショックだったの。
実はルウェイン王子が私のことを少しでも知っていて、会った時には少しでも微笑んでくれるかもしれないって思っていたから。
あの様子だと、結婚後の生活もちょっと厳しそうだなとは思う。
でも、お父様のお仕事の関係とか、家柄で紹介された男性と結婚したとして、実は浮気性だったとかそういう問題が起きても、今の世の中なかなか離婚をするというわけにもいかない。
それなら、素っ気ない態度ではあっても、毎日自分好みの人の顔を見られる方が楽しいのではないかとも思うのだ。
そんな風に自分を奮い立たせながら、私はお父様と一緒に帰宅した。
それからかなり時間が経ってから「婚約内定はなし! しかも内定のことを言いふらされた!」なんて状況になるとも知らずに。




