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恋を選びますか? 王位を選びますか?

 シンシア嬢から、ルウェイン殿下が会いに来ることを教えてもらった私と大神官様は、待ち合わせ場所へこっそり忍んでついて行った。

 今後のこともあるし、私と婚約を取り消した理由であるシンシアとの婚約がどうなるのか、知りたかった。シンシア嬢も、私にいてほしいと望んでくれたし。


 ルウェイン殿下が指定したのは、神殿から王宮へつながる道の近くだった。

 今度は夜中ではなかったけれど、夕暮れ時の橙色の光の中で、神殿の壁に寄り添うように立って待つシンシア嬢は、とても心細そうに見えた。

 私や大神官様も深くは聞かなかったけれど、シンシア嬢は殿下のことを諦めがたいほどに思う何かがあったんだろう。


 やがて、道の先からルウェイン殿下はやってきた。ゆっくりとシンシア嬢の前に歩み寄る。

 近くの繁みに隠れていた私にも、二人の声が聞こえる。


「会ってくれないかと、思っていた」

「……むしろ殿下の方が、私の顔など見たくもないと思っていました。怒っていらっしゃるかと思って」


 シンシア嬢の答えに、ルウェイン殿下が苦笑いする。


「昨日のあれは、大神官様達のしたことなんだろう? わかっている。だけど怒るような気持ちは……もう出て来ないよ」


 そう話すルウェイン殿下は、いつも何かに怒っているような表情だったのに、今日はとても静かと言うか……落ち込んでいるような顔をしていた。そのせいか、凛々しいと思っていたルウェイン殿下はやつれたように見えた。

 だけどそうか。さすがに殿下は、大神官様や私がしたことだとわかったか。けれどどうして、こんなに大人しくしているんだろう。


「今日君に会いに来たのは、やはり君との婚約を解消すべきだと思ったからだ」

「え……?」


 問い返すシンシア嬢に、ルウェイン殿下が再度言った。


「俺の方に問題があったということで、婚約を解消しよう……君のためにならないから」

「どうして」

「聖霊に睨まれたと噂をたてられた俺では、君の父上の方が結婚を許さないだろう。父王はそれでも君が聖女に選ばれればと言ったけれど……君に救われて王位を得ても、たぶん俺の方が君をまっすぐ見られなくなる気がして」


 ルウェイン殿下は唇を一度引き結んでから、絞り出すように告げた。


「俺には、王位ぐらいしか人に誇れそうなものはなくて。髪や目の色だって母上譲りで王家の色は引き継がなかった。剣の腕だって狩の腕だって人並みで。知識にしたって、弟のように小さな頃から驚かれるほど頭が良かったわけじゃない」

「そんな、そんなことありません! 私は何かに秀でているから殿下の側にいたかったわけでは……」


 否定するシンシア嬢に、ルウェイン殿下は気弱げな笑みをみせた。


「まだそう言ってくれるんだな。でも、ようやくわかったんだ」

「何を?」

「秀でてないだけじゃない。俺は、酷いことが平然とできるような人間だった。こういう事態に陥って最初に、君に婚約を取りやめると言われるのではないかと思って、怯えて、ようやくわかったんだ」


 ルウェイン殿下がうつむく。


「王位にこだわって、君と婚約を解消しようとしたし、君と一緒にいたいがために、国王陛下に反対するのが怖くてうなずいてしまった婚約を、国王になった後に有利だからと身勝手に解消して、レイラディーナ嬢まで傷つけた。他人の一存で引き離されるのはこんなに辛いものなのに、自分の気持ちを優先してばかりで、気づきもしなかったんだ……」


 私は目を丸くした。

 殿下が、私にも済まないと思って下さった!?

 正直、あの調子では天地がひっくり返ってもありえないと思っていたので、ものすごく驚いた。


「こんな俺では、君と結婚しても同じように思い至らなくて傷つけるかもしれない。だからといって君以外となんて想像もできないけれど。だからシンシア、君のためにも俺なんかとは別れて、もっと良い男を見つけた方がいいと……」

「そんなことありません! だって殿下は、私がだましていたことも快く許して下さいましたし、心底から酷い人ではないと、いつかはわかって下さると信じていました。むしろ私と別れるだなんて酷いことを言わないでください」


 シンシア嬢は、ぽろぽろと目から涙をこぼしながら訴えた。


「私だってひどい女です。殿下が婚約について意見を通すまでに時間がかかっていましたら、どなたか別なご令嬢との話が進んでいるのではないかと、そう心配してはいたんです。だけどあなたと一緒にいたいばかりに、押しのけることになるだろうご令嬢のことを考えないようにしていましたもの。私達、酷い二人なのです。せめてそのせいで評判に傷がついたレイラディーナ様に、私達が一緒にいていいかをお聞きした方がいいくらいなのです」

「シンシア……」


 困ったようにつぶやくルウェイン殿下に、シンシア嬢が泣きながら微笑んだ。


「一緒に謝りましょう? 許してもらえたら、殿下もそう酷い人ではなくなるはずです。そうしたら王位なんてない殿下でも、ずるい私と一緒にいようって思ってくださいませんか?」


 誘うように、シンシア嬢がルウェイン殿下に両手を伸ばした。


「シンシア……ありがとう」


 ルウェイン殿下はシンシア嬢の手を両手で握り、額をつけるようにしてひざまずいた。

 二人の様子を見ながら、私は殿下やシンシア嬢に感じていたわだかまりが、すっと溶けていくように感じていた。

 そうだよね。私はずっと殿下に謝って欲しかったんだ。うわべだけじゃなくて、何が悪かったのかわかった上で。

 だから殿下を聖霊に嫌われた王子に仕立て上げても、やっぱりわだかまったままで。勝ったのは間違いないけれど、物足りない気がしていたのだ。


 一方で、別な不安が湧き上がる。

 昨日の一件から、逆に私が聖女に選ばれないと、貴族達は不思議に思ってしまうだろう。それに聖霊術については間違いなくシンシア嬢よりも強くなっているので、流れとしては私が選ばれる。

 シンシア嬢は聖女になれないだろう。


 このまま二人が結婚したら、聖霊に嫌われたと噂されても王位から遠ざけなかった国王陛下が、シンシア嬢に何かひどいことをするんじゃないだろうか。

 それを止められるとしたら……いえ、大神官様にお頼りするばかりではなく、何か……と考えていると、再びルウェイン殿下が言った。


「しかしレイラディーナ嬢は許してくれるだろうか……。そもそも俺になど会いたくないのでは」

「それは大丈夫です。この場に来て下さっていますから」


 そう言ったシンシア嬢が「レイラディーナ様」と呼びかけて来た。

 え、今聞いてたってことバラしちゃうの? 盗み聞きしてたことが発覚するのは恥ずかしいなと思っていると、私の肩に大神官様が手を置いた。


「一緒に参りましょう、レイラディーナ殿」

「あ、はい」


 大神官様に言われては拒否できない。私はこそこそと繁みから出て、改めて二人からの謝罪を受けた。

 しかし聞くのが二度目というのは、どうも恥ずかしいような変な感じがしてしまう。しかも二人にひざまずかれて、早く立って欲しくてたまらない。

 早口で「ゆ、許しますから立ってくださいな!」と言ってしまった。

 そうしてほっとした表情で立ち上がる二人に言った。


「それより、国王陛下はまだシンシア嬢が聖女になることを望んでいらっしゃるのでしょう?」

「私が王位から遠ざかれば、それも問題ないと思う」


 ルウェイン殿下はそう言うが、私だけではなく大神官様も別な意見を持っているようだ。


「あなたが聖霊に嫌われたという状況を作ってさえ、陛下はあなたを王位につけることを諦めていない様子。周囲が諦めても陛下はわだかまりを持つでしょう」


 だから、となぜか私に大神官様が言った。


「今度こそ、婚約解消できないようにしてさしあげませんか?」

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