婚約やめますか?聖女になるのやめますか?
なんにせよ、王子が本当にシンシア嬢に恋していたことはわかった。
シンシア嬢を聖女にするよう脅すのにも納得がいく。彼はどうしてもシンシアと結婚したいから、周囲に有無を言わせたくないのだろうけど……。
「というか、殿下にそんなことを言いそうなのって、今の王妃様か国王様?」
王子の母である前王妃は死去。現王妃は第二王子の生母だ。
すると答えたのはシンシア嬢だ。
「王妃様の家と私の家に、昔、確執があったようなのです」
家同士の確執から、王子妃にシンシア嬢を迎えることを嫌がって、王妃様がシンシア嬢の失点を探し出したらしい。それが本来ならあまり批判されることが少ない、養女という点だった。
「それに国王陛下は前王妃様とは政略で結婚されたそうですが、今の王妃様とは以前から淡い気持ちを持っていらしたようで。仲がとても宜しくて……」
「国王陛下も王妃様の言葉の方を、聞き入れる傾向が強いのですね」
「はい」
シンシア嬢がうなずいた。
国王陛下は、内定後にようやく決意してシンシア嬢のことを殿下が明かした時は、最初こそ賛成してくれたらしい。
けれど王妃様が件の理由から渋った。
でも婚約を解消させるためには、正当な理由が必要だ。だから隣国は血縁や序列に厳しく、その国との関係を強化してきたエイリス王家としては、シンシア嬢のような令嬢を花嫁に迎えるのはうんぬん……と不安を訴えたらしい。
何度も聞かされるうちに、国王陛下はシンシア嬢のことに渋い顔をするようになったとか。
二人の話に、私はほんの少しだけルウェイン殿下を気の毒に思った。
結婚話を潰される辛さはわかる。だからこそ聖女という名声をシンシア嬢が得ることで、王妃様の攻撃をかわそうとしたんだろう。
国王陛下も発表までした以上は取り消すわけにはいかないと、シンシア嬢に自分に近しい神殿の人間を使ってせっついていたようだ。
そもそもルウェイン殿下は、特に継母の王妃様と上手くいっていない。そして実父の国王陛下も王妃様の味方をする傾向があるとなれば、家族の中で疎外されて育ってきたのかもしれない。
「家族に味方がいないから、弟殿下に全て奪われるのが怖くて、王位にこだわるのかしら……」
つぶやくと、シンシア嬢が同意する。
「おそらくはそうだと思います。序列順に王位につくことだけが、殿下の唯一すがれるものなのだと感じておりました。……せめて、とあの方が王位にこだわるのもわかる気がするのです」
兄弟の順番で王位につくことが、実父とのつながりを感じられるものなのだろう。
そのせいで婚約解消の危機に立たされても、恋した弱みなのだろうか。シンシア嬢はルウェイン殿下に同情していた。
「でも、そうするとたとえシンシア嬢が聖女になられても、王妃様は次の手を考えるだけではないのかしら?」
思ったことが口からこぼれ出る。
「聖女になったら三年は結婚できないのですもの。それだけの時間があったら、別な手段を探すことも……」
「う……」
シンシア嬢の目に、再び涙が浮かぶ。
「私、やっぱり婚約を解消いたします。そうしたら殿下の邪魔にもなりませんし、レイラディーナ様にご迷惑をおかけすることもありませんもの。養父の血縁の方なら捨てられた女でも縁組ができるでしょう。そして領地で静かに暮らします」
彼女はさめざめと泣き出しながら、立ち去ろうとした。
が、それを止めたのは大神官様だ。
「お待ち下さいシンシア殿。神殿としては、候補として受け入れたご令嬢方を保護する義務があります」
「けれど大神官様にお頼りしては、ご迷惑をおかけすることになります」
涙ながらに断るシンシア嬢に、大神官様は言った。
「方法は、無くはありませんよ」
「?」
私もシンシア嬢も、首をかしげて大神官様を見る。
「神殿としても、聖女の選定について王族に従ったという前例を作りたくありません。なので殿下がレイラディーナ殿に関する噂をばらまく気がなくなるようにした上、王家にはシンシア殿を王子の花嫁と認めざるを得なくさせればいいのですよ」
「そんな方法があるのですか?」
「ありますが……」とシンシア嬢に問いかける。
「あなたは、何があってもあの殿下の側にいられますか?」
ルウェイン殿下になにをするのか、予想がつかないのだろう。シンシア嬢はそこを不安には思ったようだが、
「殿下がまだ私を選んでくださるのなら、側にいたいと思っております」
シンシア嬢の言葉にうなずいた大神官様が、綺麗な微笑みを浮かべた。
「では王子には、相応の代償を支払っていただきましょう。神殿に圧力をかけることが、いかに危険か王族全員に思い出してもらうためにも。その上で、覚悟を決めてもらうとともに……レイラディーナ殿の協力が必要です」
「私、ですか?」
目を丸くする私に、大神官様はうなずいた。
そして大神官様が語った計画に、私やシンシア嬢は驚き、了承した。
「神殿を守れる上に、いずれは殿下のためにもなるのですから……」
シンシア嬢はうなずき、私はもちろん満面の笑みを浮かべた。
ここで決定されたことは、大神官様の事情を知る神官長様方に伝えられ、殿下への攻撃はごく少数の人間によって決行された。




