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見初められた令嬢の幕裏

 翌日の私は、ほわっとした気分で過ごした。

 昨日の大神官様の微笑みを思い出すと、幸せで照れてしまいそうになって、つい午前中の花を咲かせる時間に、思ったよりも多くの花を開花させ、立ちくらみがした。


 さてお昼ご飯に行かなくちゃと、移動をしようとしていると、悩むような表情のシンシア嬢のことが目に留まる。

 今日も何かを悩んでいるのだろう。

 けれど昨日よりは、私の方も彼女に何かを思うことはなかった。


 だって大神官様が、今日の夜も様子を見に来て下さるっておっしゃったのだから。もうそれが楽しみで楽しみで。

 秘密の逢瀬と思うと胸がどきどきしてしまうし、いえいえ気遣って下さっているだけと思っても、私に目をかけて下さっていることを思えば、口元がニヤつきそうになるのだ。

 せめて何か苦悩しているらしいシンシア嬢の前で、ニヤつかないようにしよう。


 ……でも、王子の婚約者に選ばれて幸せなはずの人が、どうして? とは思う。


 その答えがわかったのは、その日の夕暮れ時のことだった。

 神官長様について、一通りの日課を見学して部屋に戻ろうとした時、神殿の二階の外回廊を歩いていると声が聞こえたのだ。


「こんなことでは困るのですよ。聖女に立候補した以上、落選ということになってはエイリス王家の恥となります」

「申し訳ありません……」

「謝罪いただくより、成果をお願いしたいのです」

「頑張ってはおります」

「しかし、あのレイラディーナ嬢に劣る成果しか出せていないようですね?」


 秘密の話かもしれない、立ち聞きは良くないからと足早に遠ざかろうとした私も、さすがに自分の名前を聞いて足を止めた。

 え? 私の名前?

 気になって声のする、下の方をのぞいた。すると地上の神殿の建物の壁際に二人の人物がいた。

 一人は見知らぬ女性神官。もう一人はシンシア嬢だ。


「シンシア嬢が……叱責されてる?」


 聞きかじった部分からすると、そうとしか思えない。首をかしげている間にも、二人の話は進んだ。


「よろしいですか。伯爵家とはいえあなたの出自は公にしにくいものなのです。それを知らずに婚約を認めたことは、王家にとって大きな失点でした。お隠しになっていたことも、王妃様はひどくご立腹しておられます」

「……はい」

「だからこそ、他の者に知られた場合に、あなた自身にゆるぎない価値を作らなければならないのです。その為の聖女への立候補なのですよ」

「わかっております」

「わかっているだけではだめなのですよ。成果を出していただかなければ。王家はあなたの素晴らしい聖霊術の評判に期待しているのです。聖霊術に秀でていたわけではなかったはずのレイラディーナ嬢に負けたとなれば、あなたを選んだ王家が謗られ――」


 もうそこで我慢できなくなった。


「ちょっとお待ちなさい!」


 勢いのまま、私は聖霊術を使って二階から飛び降りた。

 よもやそんな登場の仕方をするわけがないと思ったのか、話題の主が現れると思わなかったのか、二人は目を丸くして私に注目していた。

 ……無視されるよりはいいけれど、見つめられすぎるのもいたたまれない。

 とにかく、わざわざ飛び降りたのだから言いたいことを言わねば! と私は女性神官にびしっと指をさす。


「神聖な場所で、政治的な問題を持ち込むのを止めていただけない? あなたそれでも神官なのかしら? 神殿に今のお話、伝えさせていただくわ。名前をおっしゃい」

「……れ、レイラディーナ嬢。いえ、私は何も、何も言っておりませんからっ!」


 そう言うと、女性神官は脱兎のごとく逃げ出した。……素早い。

 変に言い訳せず、名乗らずに逃げるのは確かに得策だろう。

 私としても言ってしまってから、真正面から喧嘩を売ったことに内心で怖くなって、足が震えそうになっていた。だから逃げてくれて良かったと息をつく。

 しかしその場には、もう一人いた。


「レイラディーナ様……」


 戸惑ったように私の名前を呼んだシンシア嬢に、私は『あ、まずい』と思った。

 女性神官を追い払った後のことを全く考えていなかった。しかもシンシア嬢に、ばっちりと変なところを見られてしまっている。

 どうしよう、誰かに話されて変な噂が立ったら聖女に選んでもらえなくなる? 動揺した私がじっとシンシア嬢を見返していると、唐突にシンシア嬢が私に一礼した。


「ありがとうございます、レイラディーナ様。お恥ずかしい所を見せてしまって……」

「い、いえ……」


 お恥ずかしいところを見せてしまったのは、私の方ですとも言いにくく、曖昧な相づちをうつだけになってしまった。

 するとシンシア嬢はさらに謝った。


「あと、申し訳ありません。私が殿下の婚約者の立場を奪うようなことになってしまいました。言い訳のしようもありませんが、レイラディーナ様に謝罪をしたいと思っておりました。許して下さいとも言いません。ただ聞いていただければ幸いです」


 私は、たぶん困った顔になっていたと思う。

 何も言われないのも微妙な気分になるけれど、正面からこのことを謝られるのも、なんだかもやもやする。


 謝るというのは、相手との関係を円滑にしたいと願ってするものだ。

 だけど私は……シンシア嬢と仲良くなりたいとか、接触しないまでも穏やかに遠ざけあう相手とも思ってなかったのだ。

 なにせ一番会いたくないルウェイン殿下の、最も側にいることになる人だ。本人が良い人だろうと関わりたくないし、神官になって隠居同然の生活をし、シンシア嬢と会ったとしても仕事上だけの関係、という立場でいたかった。

 ただ彼女は、真面目な人なのだろうということはわかる。

 その真面目さが私の心に突き刺さる。だからほんの少しいらついてしまったのかもしれない。


「だったら、なぜあなたが聖女に立候補なさったの? 養女とか聞こえたけど、別に知られていないのなら失点にもならないし、王子妃になってから知られたって今更というものでしょうに」

「それが……殿下方にとっては、完璧な花嫁が望ましいそうなのです」


 シンシア嬢がうなだれて言った。

 そうすると、こちらが苛めているような気になってしまうほど、儚くか弱そうに見える。くっ、美人て得ね! と思ってしまった。


「完璧なって、どこにも瑕疵がない人なんていないではありませんか」

「……レイラディーナ様はお優しい方です。けれど王家から、その瑕疵を隠すために箔をつけなければ結婚できないと言われて、聖女に立候補を勧められたのです」


 私はむ? と眉をひそめた。

 それって、聖女になれなければ婚約発表したけど解消するってこと!?


 表向き私は婚約していないことになってるし、なんとなれば先日お父様が隣国との交易に関する特権をふんだくったと勝利宣言をしてきたから、隣国貴族との縁談を探すという手もある。

 でも発表された婚約では、噂話と違って否定できない。シンシア嬢……詰んでる!?

 驚愕する私に、シンシア嬢は微笑んでみせた。


「でも、きっとルウェイン殿下も聖女になれなくとも、私を捨てずにいてくれると思うのです。だから私は聖女に選ばれないようにしますから、安心なさって下さい」

「え……」


 聖女の座はゆずるという。

 私としてはそうしてもらえると楽でいいので、願ったりかなったりだけれど。

 シンシア嬢は大丈夫だと言うが、私は不安だ。

 だってさっきみたいに、王家の息がかかった神官が毎日責めてくるんでしょう? そんなことさせてる王家が、私との内定について吹聴したあげくに解消した王家が、そんなやわらかい対応をとってくれるだろうか?


 疑問には思ったけど。人がやって来る足音が聞こえた。

 シンシア嬢と一緒にいるところを見られるのは、どうも良くない気がする。だって私は負けた側。しかも人気のない神殿の裏手。

 シンシア嬢を呼び出していじめてるみたいではないか。


「と、とにかくこれで失礼するわ!」


 と小声で言って、私は逃げた。

 ……のだけど。


 どうせなら夜食を用意しやすいのでと、夜に来て下さった大神官様のお部屋に件の瞬間移動で訪問した私。

 満腹になった上幸せな時間を過ごした後、部屋へ戻る途中で……思いがけず遭遇してしまった。

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