悪魔な大神官様の告解
話しながら、私と大神官様は再び鳥かごの部屋へ戻っていた。
椅子に座って、私は知った事実を一つ一つ反芻し、納得していく。
大神官様が強い聖霊術を扱える代わりに、そのための力を周囲から取り込んでしまうこと。
……畑があれば作物を根絶やしにするだろうし、森に行けば恵みをもたらす緑を枯らしてしまうのでは、確かに隠れて生きなければ討伐されかねない。
実際、私も大神官様のことを悪魔だと思った。
聖霊術など、神の奇跡と呼ばれる力は全て、植物を育むもの。枯らすのは正反対の力だから。
もちろん神殿は秘匿したいだろう。
聖霊術を利用したいのに、悪魔のような現象を起こすとなったら、他国の神殿までもが大神官様を排除しようとするはずだ。いくら大神官様でも、無数の神官達に包囲されては……。
だから知られたら、大神官様だって相手の口封じをするはずだ。命がかかっているから。
と思ったところで、私は首をかしげた。
「大神官様は、どうして私に……力を与えて上げる、なんておっしゃったのですか?」
本当なら、夢か幻だったと思わせなければいけないはずだ。私をだますのは、それで十分だった。
なのに大神官様は私の話を聞いて、あまつさえ聖霊術を強くすることまでしたのだ。
「それに、私に力を与えて下さったのは聖霊術で、ですか?」
大神官様がうなずく。
「聖霊達に、あなたが食べ物から必要な力を効率よく取れるような、経路をつくらせたのです。聖霊術が弱い人というのは、たいていその経路が細かったりするもので。神官長達、私の事情を知っている者達にもそのことは伝えました」
だから神官長様が、自ら食事のことを気遣ってくださったのだ。そうよね。ただ急に聖霊術の力が強くなっただけなら、細々としたことを処理する神官に任せておけばいいのだもの。
「それで……」
大神官様の言葉が、歯切れ悪くなる。
「あの時は、レイラディーナ殿が逃げ出さないことが珍しくて」
大神官様が目をそらす。どこか恥ずかしそうだ。
「怯えながらも、結局そのまま普通にお話をされていたでしょう? そういう方もいるのだと驚いて……。それにお話してくださったことから、以前会った時に泣いていた事情もわかりましたので、できれば力を貸したいと思ったのです……今も」
一度言葉を切った大神官様が、まっすぐに私を見つめた。
「今も、こうして私が悪魔だとわかっても、レイラディーナ殿は逃げたり怒ったりもなさらなかった。そういう人は養父だけだと思っておりましたので、本当に出会えたことがうれしくて。どうしても力になって差し上げたかったのです」
大神官様の告白に、心がきゅんと締め付けられる。
誰だって怖がられたくないだろう。それを恐れていろいろな対策をしてきた人だから、逃げたりしない人がいたことが、嬉しかったのだ。
あの時はただ自棄をおこしてただけなんだけど、その自棄が大神官様にとって嬉しいことに繋がったのであれば良かった。
というか、うそ、私今思い出したのだけど、大神官様にお傍にいたいなんて言っちゃってた!? やだ、本人に告白してるだなんて!
今更そのことに気づいて頭の中が混乱しかけた私に、大神官様がお礼を告げた。
「ありがとうございます、レイラディーナ殿」
でも、と大神官様が申し訳なさそうに言った。
「思いつきで食欲が増すようにしてしまったせいで、レイラディーナ殿には申し訳ないことを……。おそらく、一度拡張した力の経路はそれなりの太さを保つはずです。私の聖霊術を解除しても、以前よりは強い聖霊術を扱えると思いますし……食欲も、通常まで戻るはずです。だから解除なさいますか?」
大神官様の様子はあくまでいつも通りだ……。あれ、もしかして私のあの告白、大神官様は本当にお礼の気持ちでお傍に仕えたいと思ったのだ、と解釈なさったのかしら?
ほっとするようなざんねんなような気持ちになりつつ、私は大神官様に答えた。
「いいえ大神官様。私、どうしても聖女になりたいのです」
今はますますその気持ちは強くなっている。誰にも、シンシアにも譲りたくはない。そのためにも、圧倒的な力が必要だ。
「神殿も、シンシア嬢が聖女になっただけでも、王家の影響を受け入れなければならない事象が出るでしょう。大神官様の秘密まで漏れやすくなるはず。私は、とても辛い時に優しくしてくださった大神官様を守るためにも、お役に立ちたいのです」
「確かに、事情を知る方が聖女になって下さった方がうれしいのですが……」
「問題はありませんわ。どうせ私、結婚は望みが薄いですし、それにそれに、聖女になれば王族だって礼をとらなくてはなりませんから、あの王子だって私に恭しく接しなくてはならないのです。自分を振った相手を見下ろしたいのですわ!」
聖女になればそんなことだって可能なのだ。
あの腹立たしい王子が、私の前にひざまずくのだ。さぞかし嫌な気分になるだろう。
淑女としては褒められた考え方ではないかもしれないけれど、これで大神官様が、私に申し訳ないと思わずにいてくださるならと思ったのだけど。
「……くくっ」
大神官様が思わずといったように笑った。
え、そんなにおかしかったのかしら? と私は首をかしげたのだけど。
「そういえばあなたは、諦めない女性でしたね」
「え?」
「私を悪魔と勘違いした時も、どうにかして勝つ方法を考えていらっしゃった。だからこそ力が欲しいと、悪魔だと思っている相手にまで願ったのでしょう? 王子に正々堂々と自分が上だと示す機会を逃すまいとするのは、あなたらしいなと思いました」
「確かに……」
負けたままではいたくない。その気持ちがあるのは確かだけれど。
大神官様は、そんな好戦的な女はお嫌いかしらと不安になった。すると心を読み取ったように、大神官様が付け加えた。
「ただでは起きないというその姿勢を、とても素敵だと思っていますよ」
それに、と付け加えた。
「私のためにそう言って下さって、とても嬉しいです」
優しく微笑む大神官様の表情に、私はしばらく魅入られてしまって、何も言えなくなってしまったのだった。