大神官様の秘密
「ええと、お邪魔いたします……」
何が起こったのかわからないけれど、とにかく他人の部屋に入ったので挨拶してみた。
「ようこそ……としか言いようがありませんね、これは」
大神官様はそう言うと、私の手からバスケットを取り上げて近くにあったテーブルの上に置いた。
「まずはレイラディーナ殿に謝らなければなりません。急にこちらへ移動してしまったのは、私のせいなのです」
「大神官様が意図せずに聖霊術が発動したようには見えましたが、どうして……」
あの時、大神官様も驚いていた。移動するのは予想外の出来事だったからだろう。
でも強制的に戻るのは、どうしてなのか。
「それは……」
言いにくそうに大神官様が言葉を濁す。
何か、極秘のお話なんだろうか。そう思ったところで、私はハッとする。言いにくいことを聞いたせいで、大神官様が私に悪い印象を持つかもしれない。
し、真実の解明より、大神官様の心証を、私は優先するのよ!
そう考えて、私は大神官様を止めようとした。
「あの、いいのです。言いにくいことでしたら……」
その時、ノックの音がしたかと思うと、返事も待たずに大神官様の部屋に入ってきた人がいた。
「大神官様、お夜食の花をお持ちしましたぞ。今日はあまり持ちが良くありませんでしたので、今のうちに花の力を吸い取って明日……ほ!?」
しゃべりながら扉を閉めたのは、蝋燭の光の中で揺れる薄紅色の花束を抱えた老齢の神官長様だ。
「…………」
どうしたらいいのか、私はわからなくなる。この場を誤魔化そうとしたところで、何か重要そうなことを言いながら神官長様が現れてしまったのだ。
つい、大神官様の様子をうかがう。大神官様は、額を押さえてうなだれていた。
「神官長殿……」
「……どうやら、とんでもなく間が悪かったご様子ですな、大神官様」
「正直に言って、かなり最悪でした」
「言い訳のしようのない状況に叩きこんだことは、自分でも察しいたしました。説明は……?」
「私が自分で」
「では、私はこれで失礼いたします」
ぼそぼそと会話をした後、神官長様が一礼して部屋を出て行った。
大神官様がゆっくりと私の方を振り向く。
「貴方にお話しなければならないことがあります、レイラディーナ殿」
「はい……」
こうなってしまっては、聞かなかったふりも難しい。うなずいた私に微笑んで、大神官様は説明を始めた。
「まずあの瞬間移動は、既にお気づきのように私が自主的に行ったものではありません。強制的に、発動してしまうものなのです。この鳥かごのような部屋に帰ってくるために」
「この部屋に帰るために……」
「移動の聖霊術を私にかけたのは、養父でもあった亡き前神官長です」
「なぜそんな聖霊術を?」
「私を守るためです。……理由を、お見せしましょう」
大神官様は、私を先導するように外へ向かった。
この部屋に戻るということは、何か大神官様を外に置いてはおけない理由があるはずだ。いいのだろうかと不安になるけれど、私は見守るべくついて行く。
扉を開けた大神官様が、一歩踏みだした時にはよくわからなかった。
二歩、三歩と大神官様が歩く度に、カサリ、カサリと乾いた音がする。
音の発生源を探して大神官様の足元を見た私は、大神官様が持つ燭台の明かりの中に見えた異様な光景に目をみはる。
「……これは」
大神官様が踏み出すと、近くの小さな低木の端が、みるみる葉が萎れて地面に落ちる。
進もうとする先にあった草は枯れていき、大神官様の足に踏まれてカサリと音を立てた。
驚くと同時に、私は以前に見たものを思い出していた。
私が神殿へやってきた日、夜中に悔しくて眠れなかった時に出会った悪魔。
顔もよく見えなかった。でも声が違ったけれど、何かで口を押さえればくぐもった声にはできる。
足を止めて、じっと大神官様を見つめた。
大神官様も振り返って、私を見返して言った。
「もうお気づきでしょう……申し訳ありませんレイラディーナ殿。私があなたの悪魔なのです」
「大神官様が……どうして」
悪魔みたいな真似をして……というより、この植物を枯らしてしまう能力をなぜ持っているのか。その疑問には、大神官様がすぐに答えてくれた。
「私は、無差別に周囲の植物から力を取り込んでしまう性質を持って、生まれました」
ぽつぽつと大神官様は語る。
「食べ物を摂取するように、体の中に力が足りなくなると、周囲の植物を無差別に枯らしてしまう。気味悪がられて捨てられた私を拾ったのが、養父の前神官長でした」
大神官様を引き取った前神官長は、けれど彼を閉じ込めるだけではだめだと悟られたようだ。
既に周囲の植物を枯らしていく力を知った人達に、その子供は悪魔だから殺せと迫られたらしい。
悩んだ前神官長様だったが、悩んでいる横で、大神官様が見よう見真似で強い聖霊術を扱うようになり、神官として有効であることを証明して大神官様を守った。
実際、大神官様は誰よりも恐ろしいほど強い力を持っていた。
聖霊達を従わせ、その力で雨をも止ませ、火をも消し去ることができた。
そうなると、今度は神官として様々な場所へ出なければならない。大神官様が役に立つことを示し続けるためにも。
けれど彼は特別扱いが必要な人だ。
周囲の植物を枯らしてしまうことは、彼を神殿に置くためには、なるべく隠さねばならない。
だから若くして高い地位を与えることで、大神官様が避難場所を持つことが不自然ではないようにしたのだ。
「最初は、馬車でした。遠くへ出かける時にこそ、私の事情を隠さねばなりませんから。それで馬車に私の力が漏れないように術をかけたものを用意し、その中で切り花などから力を得て、状態を押さえてから外へ出るということを繰り返していました」
初めて大神官様と出会った時、馬車の中に沢山の花があったのはそういう理由だったらしい。
けれどそれだけでは足りない。だから前神官長は、大神官様のためにこの神殿の隅にある部屋を改造したそうだ。
大神官様の中の力が減ると、周囲の植物を枯らしてしまう。なら、大神官様の力がある一定まで減った時点で強制的に移動させるようにしたら、他の人に気取られることはさらに少なくなる。
さらに、事情を知る神官達が話し合った末に大神官の地位につけた。
地位が高ければ、なかなか外へ出ない理由をつけることができる。
そうして神官長様達は、大神官様が悪魔と呼ばれることがないように隠し続けていたのだ。




