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昇華  作者: 内山
第一章
9/18

9.変わらないもの。

「冗談だったのに~。 痛、あー、うそっ口の中を切ってる・・・レオン、頭を叩いたな・・」

「グーで殴られるよりましだろ! 僕のはまだましだと思え」


 頬を抑え、少しだけ目を潤ませるジーク様に、眉間にしわを寄せ手のひらを振り振りさせる殿下は、ギッとジーク様を睨み付け、吐き捨てる。


「そうだ! ふざけたこと言うからだ! あー着替えてくる」

「自業自得ですね。 ここを片付けてください」


 ジュリお兄様は然も悠然とした態度をとっているが、呆れるくらいに手が早い。

 聞き間違いなのかと思っていたら、バキッと音と共に目の端が捉えた一瞬の動き、バチンと音もし、横では下の兄が紅茶を思いっきり口から吹き出していた。


 無表情ながらテキパキと片付ける使用人に謝り席を立つ下の兄は、渡された布でシャツを拭きながら部屋を出て行くと、機敏とした動きでロイドが渡した濡れた布に頬を押し付け、ぼやくジーク様。 その横の一人掛けソファーに座っている殿下は、少し顔を赤らめたままぷりぷりと怒っている。

 テーブルを囲んで円状に並ぶソファーの3人掛けに座っていた上の兄は、掃除の邪魔にならないように、下の兄が座っていた私の隣に腰を下ろす。


「ジュリお兄様、手は大丈夫ですか?」

「リーシャっ! っつう、心配するのは俺だろ?」


 そんな事を知りませんですわよ。

 兄の拳はジーク様の頬にストレートに入りましたが、ジュリお兄様の手の方が大事ですからね。

 それに王子様相手に本気は出さないだろうし、座ったままですからそこまでの威力はないでしょう。

 兄の手は赤くもなくて、ホッとすれば柔らかな微笑みをくれました。


「ありがとう大丈夫ですよ、リーシャ。 それより紅茶はかかりませんでした?」

「ええ、大丈夫ですわ」

「・・・・無視かよ!・・・酷過ぎる・・」

「自業自得だよ・・・確かに、うん、・・・酷いと思うけど・・・」


 王子二人の非難する声も視線も受け流すが、さすがに隣の部屋に控えているジーク様付きの護衛がすっ飛んでくると思いきや、静かなもので、殿下の護衛も同じ部屋にいるはずなのだが、物音一つしない。

 よく躾けをされてる護衛と言っていいのか、王子達と思っていいのか・・・・。

 まあ、ジーク様の護衛も散々手を焼かされているみたいなので、ぜひに叱ってやってください状態でしょうけど。

 王子達二人は、小声でぶちぶちと何かを言い合っているが、上の兄の一睨みで口を閉じた。


「今度またふざけたことを言うならば、出入り禁止にしますからね」

「・・・・・・言わないって」


 上の兄は、私の頭を撫でながら言った。


「ふふ、お願いしますわジュリお兄様」

「どういたしまして」


 にっこりと笑みを浮かべる上の兄。 これが私ではなければ一発で惚れてしまうだろう綺麗な笑み。   ジーク様と殿下が「シスコンすぎだろ」とか言ってますが、どうぞどうぞ、私も同じですからね。

 兄のナデナデを十分に堪能した後は、退出するに限ります。


「私はこれで失礼いたしますね。 殿方同志でお話もあるでしょうから」

「いや、ないから」

「おい、リーシャ、部屋の戻るのか?」

「ええ、殿下もジーク様も御機嫌よう」


 にっこりと微笑みで返すと、王子達二人は何も言えないことを知っている私。


「ああ、では後で」

「はい、お兄様」


 私は椅子から立ち上がり、一礼をしてノアを連れて部屋を出た。


 白い大理石で敷き詰められた廊下を歩き、使用人の目につかない踊り場に出て大きなため息が口から洩れる。

 今回はジーク様の発言で席を立つことができたから感謝するが、縁談話などを殿下がいる前でしてほしくはなかった。

 殿下の前では禁句。

 もちろん、私の前でもその話が持ち上がることはない。


 そもその当公爵家は、誰一人として婚約者が決まっていないのだ。

 爵位のあるものからすれば、非常に珍しいことでもあるので、きっと父は頭を悩ませているだろう。

 しかし、時期公爵となる上の兄は、厳選される縁談話をのらりくらりかわし、決まりかけた話をどうやってか破断に持ち込み逃れているし、下の兄は上の兄が決まるまで決めるつもりもない、俺より強く逞しい女性でないと婚約などしないと、あほうな回答で押しのけているし、私は私で縁談のえの字もない。

 私が言い出したことなので当然だとは思う。

 だが、現状を考えればきっと第二王子との婚約は、避けては通れないのだと感じている。


 今は、父も母も静観してくれているが、国外に出す気はさらさらないので、そこで発生する身分や年齢に合う子息など、第二王子の側近になるだろう外務大臣である伯爵家のご子息シューベル様、騎士団長である侯爵家ご子息のエディオン様などいるが、それぞれに婚約者は決まっている。

 兄達と同年代とくれば、やはり婚約者は決まっている方たちばかり。

 それ以上の上の方は、問題外と言う事なので必然的、殿下との婚約が結ばれてしまうのではないかと思う。

 そして、その殿下にも婚約者はいない。

 殿下が候補となる令嬢達から誰か一人を選んでくれればよい話なのだが、殿下ものらりくらりとかわしているらしい。

 出来れば、一瞬にして恋に落ちた男爵令嬢と会う機会さえあればとさえ思うのに、男爵では爵位が低すぎてお茶会にもよばれない現実がある。

 しかも接点さえもないのだから、今の私では何もできない。


「リーシャ!」


 鼓動が跳ね上がる。

 声変りをしてずいぶんと低くなった声の持ち主は、殿下だ。

 ノアは私のすぐ後ろに回り、端によって道を開け頭を下げた。

 口から出そうなため息を押し留め、ゆっくりと振り返った。


「・・・・・殿下、いかがなさいました?」


 少し息の切れた殿下が、大きな息を吐き青い瞳を真っ直ぐに向けてくる。 それを受け止めて首を傾げた。


「驚かせてごめん」


 申し訳なさそうに、小さく頭を下げる殿下に、首を振って応える。


「俺はもう帰るから最後に挨拶をと思って」

「まあ、そうなのですか。 わざわざ足を運んでいただくことなどなかったですのに、申し訳ございません」

「いや、いいんだ。 また来るから」


 寂しそうな表情を一転させ、にっこりと笑顔をみせた王子。

 通い始めた当時は、戻る時間になっても帰る気配も見せずに、使いの者や護衛を散々困らせていた殿下はどこにもいない。

 成長しているのだなーと親の目線で見てしまうのは、記憶のせいか。


「では、またな」

「ええ、御機嫌よう殿下」


 頭を下げると、殿下は踵を返していく。

 その向こうに護衛の姿が見えた。


「・・・・・・・」


 一度だけ振り返った殿下は、小さく腕を左右に振り 「またな」 と唇だけを動かして背中を見せた。

 殿下の背中が護衛に隠れ、角を曲がるまでじっとみつめていると、ノアから声がかかったので踵を返し部屋へと戻ることにした。

 疲れたからと言って一人にしてもらい、ソファーに深く座りクッションを抱えた。

 ほのかな薔薇の香りがするクッションにもやもやする気持ちをぶつけたい衝動に駆られるが、後で何を言われるかわからないので、抱きしめるだけに留まる。


「・・・・なんなのだろう・・・」


 髪が乱れるのも、ドレスが皺になるだろう事も頭から引き離し、クッションを抱きしめたままゴロンと体を横たえた。

 本日、幾度となく出てきたため息を盛大に吐き出した。


 私は殿下に嫌われたと思っていた。

 いや、嫌われていると勝手に解釈をしていたのだが、それは大きな勘違いだった。


 殿下と初めてお会いした時のあの日の態度は、それなりの理由があり、あんな態度になったと内緒で教えてくれたのは下の兄だった。

 殿下は陛下から、物心つくころに自分の婚約者になるとだろうと伝えられていた。 それに気さくで明るい下の兄を慕っていた事と、尊敬する兄の側近である上の兄にも憧れていた事、そしてその兄弟二人が生まれたばかりの妹を絶賛していることも重なり、とても期待し楽しみに待っていたらしい。


 が、心待ちにしていたお茶会の前に、陛下に婚約者候補としての名前は上がっていないと、令嬢は婚約を望んでいないと直前になって伝えられ、あんな態度をとってしまったと教えてくれた。

 教えていただいたのはほんの二年くらい前だったけど、正直知らない方がよかった。


 過去には縛られない、執着はしないと思いきっているのに、複雑な心境になる。

 過去は殿下の事を追ってばかり、自分の思いばかりを押し付けていただけで、相手の気持ちなど考えたこともなかったのだ。

 殿下は殿下なりに、それ相応の態度や対応をしてくれていたが、それは義務として表面だけを取り繕ったものだったのだろう。

 

 記憶の中の殿下と、今接している殿下は比べることはできない。


 高い鼻梁にキリリとした形の良い眉毛の下に、吸い込まれそうなほどの晴天な青の瞳はびっしりと睫毛に縁どられ、瞼が動く度影を作り、薄くもなく丁度良い厚さの唇はいつも少しだけ弧を描いていて、さわやかさが全面にでている。

 私とは目線が5センチくらいしか変わらないかった身長も、今では頭一つと半分くらい上になってしまい、成長に合わせて鍛えられているのだろう立ち姿は、まさに国の王子と言わせるものがある。

 傲慢な態度など最初の時だけで、今は紳士的な振る舞いも身に着けている。


 何よりも王太子の兄を慕い、その下で働くことを望み努力を怠らない殿下。

 その殿下は、時折都に降り庶民の生活や環境を視察して小さいことからと庶民の話を聞き少しずつ改善出来る様に努力もしているようだ。

 城内はもちろん、庶民の間でも絶対の人気を誇る王子となっていた。


「・・・・それって、記憶の殿下と同じなのよね・・・」


 私の呟きは、うす暗くなっている室内に消えた。

 


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