8.有り得ません。
「ジュリお兄様! お帰りなさい」
「ただいま、リーシャ」
両手を大きく広げてくれるので、その腕に思いっきり飛び込むと、後ろから盛大なるため息が聞こえた。
「ただいま、アレク。 久しぶりに会ったんですからいいでしょう? 男の嫉妬など見苦しいですよ」
「・・・お帰り、兄上。 別に嫉妬なんてしてないから。 2日ぶりで大げさと思うだけで」
「まあいいでしょう。 リーシャ、お土産がありますからあとで食べましょうね」
「ありがとうございます。 お兄様」
上の兄は、一度ぎゅうと抱きしめると、私から離れた顔を覗きこみ頭を撫でるその仕草は、小さい時から変わらない。
今は10歳ですけどね。
王太子と留学を終えた上の兄ジュリアルは、王太子の側近を務めながら時期公爵としての仕事も勉強もしている毎日。
側近としての仕事も忙しいようで、王城から戻ってきたのが2日ぶり。 大げさかもしれないが、いつ帰ってこれるかわからないので、貴重な日なのだ。
そんな日は甘えても許されるのである。
「で、これを拾ってきたんですがね?」
「えっ?」
上の兄が顔を逸らし指差す方向を見れば、扉からひょいと顔を出したのは、サラサラな黒髪を持つ第二王子、レオンアルバードだった。
「げっえぇ! またきやがった!」
「・・・・・・・・・・なんで、殿下・・よんでない・・」
「・・・・ひどい言い様だな・・・こんにちは、リーシャ。 アレク」
挨拶を忘れないのはいいことだが、今はお呼びでない!
アレクお兄様も、ものすごく嫌そうな顔をして踵を返そうとしたのでガシッと腕を掴んで止めた。
「リーシャ・・・」
困り果てた顔をした下の兄は、大きなため息をついてがっくりと肩を落とした。 上の兄は愉快な表情をしているので思わず睨み付けたら、「門の前でウロウロして護衛も困っていたからね」 とボソリと一言。
・・・・門の前でウロウロするな! 迷惑だ!
この国の王子だと言うことを自覚しろ!
たぶん、下の兄も同じ気持ちだと思う、見上げたら眉間にしわが寄っていた。
「あ、忘れてましたよ。 ジークもいた・・・」
「ええっ? ジーク様?」
苦笑いしながら姿を現したのは、砂漠の国の第三王子のジークアンドレイ・アル・シャルジャ様。 本当はもっと長い名前らしいが、長すぎても覚えられないのでジーク様と愛称で呼ばせてもらっている。
上の兄が留学中に仲良く(?)なったらしく、帰郷の際についてきた。
連れて帰ってきたのはお姫様ではなく王子様だったので、安堵したようだが、護衛一人だけしか連れていないことに激怒していた。
「本当に酷いな、扱いが」
「・・・・と、思うよ・・」
「家に入れてあげるだけでもありがたいと思いなさい、君たちは。 どうせ歓迎されないのだから」
上に兄の辛口な言葉に、がっくりと肩を落とした二人の王子様は、暗い。
もっと言ってやってくださいと、兄に念を送った。
「あら、レオン王子に、ジーク王子」 と、言いながら現れた母に、すぐさま反応ししっかり挨拶をしている二人、あっぱれだ。
「あーあ、またこのパターン・・・せっかくの休みが・・・」
下の兄は、項垂れ最大級のため息を吐くのは仕方ない。 騎士団に入団をした兄は実に10日ぶりの休みを返上する羽目になる。
同情してあげたいが、私とて同じ気持ちだ。
この王子様達が揃うと、精神が削られていくのだ。
「あ、リーシャこれを」
踵を返し戻ってきた殿下は胸のポケットから長方形の白い紙をだし、私へと差し出す。 物がわかってるだけに受け取れないとは言えないので、手を出すとその上にそっと置かれた。
「まあ、これはなんていう花ですの?」
ランプのような形をした白い花。 押し花にしてあるその花は、こじんまりとしているがとても可愛らしい。 素直にお礼を言えば殿下は嬉しそうに微笑んだ。
「東の国の花なんだ、スズランと言うらしい」
「とても遠い国からの花なのですね。 嬉しいですわ」
ここで貴重なものでしょうにとか話を持っていけば長くなるので、ありがたくいただくことにする。
そこでズイと差し出された手に反射的に手を出せば、宝石のようで宝石ではないガラス細工の小さな猫の置物。
光に反射して、キラキラしている。
「土産だ。 高価な物ではないから受け取ってくれ」
「なっ、いつもいつもお前は横から・・」
「うるさい! お前に言われたくないわ! 大体お前は・・」
「お二人とも、有難く受け取ります! ありがとうございます!」
二人が揃えば毎回こうである。
以前、高価な贈り物など一切受け取りを拒否させていただいてから、花やお菓子に流行りものの本や、押し花のしおりと、二人とも断りにく贈り物をしてくるようになった。
ため息をつくわけにはいかず、蚊帳の外である兄達と母に助けを求めれば、上の兄は心底楽しそうな微笑。 下の兄は心底呆れた顔で、母はニコニコと笑顔。
と、そこで置物のように待機していた優秀な執事ロイドが 「お取込み中申し訳ございませんが、そろそろ居間の方へ移動願いますでしょうか」と、助け船を出してくれた。
王子二人はバツ悪そうな表情をして、ロイドの後へと続いた。
上の兄は一度着替えてくる言ってと、側近を連れて部屋へと戻り、残された下の兄は、「なあ、リーシャ、外出する? お前の客でも俺の客でもないし」 と、小声で言ってきた。
同意したいが、母は許さないだろう。
予想しているのだろうか、ニコニコしながらそこで待っているのだ。 父がいれば必ず許してくれるだろうが・・・・・・・。 早く帰ってきてくださいなお父様。
「やはりいいね~この家はな? レオン」
「俺もそう思う。 堅苦しくないし」
「でしょうね。 私より寛いでるようですからね?」
「・・・・・・はい、その通りです」
「申し訳ございません」
ジュリお兄様、嫌味で辛口なセリフをありがとうございます。
いつも思うけど、誰が一番偉いのかと言えば、この中ではやはりジュリお兄様ですわね。 勿論、父がいれば父が一番偉いのです。
王族なんて関係といわんばかりですが、これは父が決めたこと。
”私は好き好んで、お前たちの訪問を許したわけではない事を頭にいれておけ。 公爵家に一歩でも入れば、上も下もない。 わが家の方針に従わなければ、二度とこの屋敷の敷居を跨ぐことは許さん!” と、激怒したのはいつだったか。
どうせなら、来るなと言ってほしかったのですが、お父様。
まあ、後の祭りとはこのことですが、何もなければ父は口を出すことはないから、この調子。
関わりあうことはないだろうと、思っていたのは一月の間だけだった。
髪飾りや首飾りの高級品からお菓子や、花束や鉢植えなどのお土産を背にして、第二王子が現れた時のあの衝撃は忘れられない。
先触れもなく数人の護衛を引き攣れてきた聞いた時は、思わず窓から逃げ出しそうだったが、父からの伝言を受け取りさらなる衝撃を受け、思わず握りつぶして床に投げ捨てたことを思い返す。
この王子ときたら、父や陛下に一月の間に毎日訪問して私の元に謝罪したいと言っていたらしい。 根負けしたのは、陛下であり、それに根負けしたのが父だった。
”お前の好きなように対応しろ” との伝言を握りつぶして、投げ捨てる気持ちもわかるだろう。
まあ、その時の王子ときたら、土下座する勢いだったから、仕方なしに屋敷に入れた。
問題は、その後だった。
その日から、この王子は頻繁に屋敷に姿を見せるようになったので、私は頭を抱え父に抗議したが、遠い親戚が遊びに来たと思えばよいと、軽くあしらわれた。
一度許してしまえば後の祭り。
この王子は、根回しがよく頭が切れるのか、私の日程を把握しており空いた時間にしか訪れないので、断るのも難しい状況をつくる。
しかも、屋敷の使用人達への手土産も忘れないものだから、母を筆頭に屋敷内で人気上昇してしまった。 王子ながらその権力を盾にすることなく、分け隔てなく誰にでも気さくに話し掛けるのでその人気も倍増してしまった。
上の兄が戻った時に、氷点下の眼差しを終始受け、邪見に扱われるのにめげない性格には恐れ入った。
下の兄はすでに諦めに達しているが時折、私設訓練場へ連れて行って手合せして、打ち負かせている。
最初はボロボロになる王子に使用人たちも蒼白になり慌てたようだが、何も言わない王子に対して出来ることはなく、お風呂の準備に替えの洋服などを備えるようになった。
「縁談から逃げてきたって・・・あほだろう」
「あほもくそもあるかっ! 嫌なものは嫌なんだよ!」
「・・・気持ちはよくわかるよ」
「まあ、わからないでもないですね」
物思いにふけっていたら、いつの間にか変な話になっていたようだ。
縁談の話ですかと、逃げ出したい気持ちになりながら、唾を撒き散らす勢いで捲し立てるジーク様。
三者三様に色々と愚痴っぽく言葉に出ていますが、殿下の言葉同様によくわかりますよとは口には出さない。
それぞれに高位な方たちですから、縁談など捌き切れないほどあるでしょうから。
ちなみに、ジーク様は上の兄より一つ下でありますが、下の兄とも大変仲がよろしくてこれまた打ち合いをしては、これまた打ち負かされています。
この場にいる中で一番強いのが、意外なことに上の兄であります。 騎士の訓練に明け暮れる下の兄は悔しがりますが、上の兄にすれば ”まだ負けてはいられない” と、言っております。
「なあ、リーシャをくれない?」