5.想念
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彼女なら、新調するドレス選びなんて率先していただろう。
自分に合う色や形、またそれに合う宝飾や靴。 誰にも負けないように誰にも見劣りしないように、ドレスの生地一枚一枚、宝石の一粒一粒を丹念に。
公爵家の質を落とさず、いや、それ以上の物をと・・・・・。
お茶会にお呼ばれしただけで、こんなに準備することがあるのかと気が遠くなりそうだった。
王妃主催だからヘタなドレスは選べないのはわかるけれど、母を筆頭に侍女達の気迫がすごくて大きなため息が零れそうになるたび、紅茶を口に含んでやり過ごすこと数時間。
二週間後に迫ったお茶会のドレスや靴を何点か揃えていたので、出来上がったドレスを着せ替え人形ごとく、母が満足するまでお付き合いした結果、気力も体力も消費してしまった。
「初めてでございますから、奥様も嬉しいのでしょう」
気を使ってかノアはそう言ってくれるが、母の次に張り切っていたのは誰だ! と、言いたくなる。
私の恨めし気な視線など物ともせずに、ノアは紅茶を差し出す。
「・・・・そうね。 ノアの時もそうだったの?」
ノアは男爵家の次女で、10歳からこの公爵家へ行儀見習いとして働きにきている。 見習いとしては3年目で私の専属侍女になった。
「そうですね・・・。 私の場合は爵位持ちと言っても小さな田舎の町でしたから、お茶会などと言う立派な催しなどないので、特別なことは・・・・。 社交界デビューは畏れ多くも奥様に準備していただいた上に、お嬢様は扇の贈り物をいただきましたし、父の出る幕はまったくありませんでした。 それに父は気の利く人ではございませんので」
最後の言葉は聞かなかったことにする。
当時を思い起こせば、美しく着飾るノアに扇を贈ったら涙を流しすぎて、化粧がはげてしまい母には笑いながら怒られていた。
「覚えてるわ。 ノア、とっても綺麗だったもの! あ、もちろん今も綺麗だけどね?」
恐縮するノアは、昨年社交界デビューを果たした。 ノアの瞳の色の深い緑のドレス。 動く度にレースが花が咲くように揺れてすごく綺麗で良く似合っていたし、普段の控えめの化粧でも綺麗なのに、夜会用の化粧をしたノアは高貴なお姫様みたいだった。
そんな姿を見たノアのお父様は、感極まったように泣き、母や私に何度も頭を下げていた。
ファーストダンスの後は、ダンスの申し込みが殺到し、数日経てば、公爵家を通し縁談の申し込みも多数あったという。
詳しくは教えてもらってはないけれど。
貴族社会の結婚適齢期は16歳~19歳までとされている。 それ以上過ぎれば行き遅れとされ肩身が狭い思いをするので、早ければ早いうちに婚約を結ぶ。
すべての条件を見繕うのは難しいが、選り良い縁談を結ぶための努力も浪費も惜しまない親もいる。
令嬢達は幼い時からそんな親に従い、努力を重ねていく。 が、すべての令嬢達が良い婚約を結べるわけではないし、前世の私のように直前になって破棄される場合もある。
前世を思い返す度、どうしようもなく荒くれる感情に呑み込まれそうになる。
その度、何度も言い聞かせるのだ、自分自身に自業自得だと。
「・・・・結婚の申し込みが沢山きていたはずなのに、どうしてお断りしたの?」
少し目を見開いたノアは、ゴホンと咳払いしたかと思えば宣誓するかのように腕を上げ延ばす。
「・・・ノア?」
嫌な予感をひしひしと感じれば、「わたくしは、お嬢様が嫁ぐ日までは結婚などいたしませんわ!」 と、声を張り上げ 「私の生きがいであるお嬢様のお世話の邪魔をする殿方などいりませんわ!」 と、拳高々に宣言する。
―――まったく違う答えが返ってきたことに、頭を抱えそうになる。
そんな言葉が聞きたかったわけではなく、・・・いや、嬉しいのだけど・・・。
貴族の結婚は義務だから、どうお断りしているのかが知りたかっただけだったのだ、今後の為に。
侍女達の間の噂話は、情報量も多く話題が豊富。 確かなものからそれは嘘だろうと思うものまで話に上がるため、結構やくに立つこともあるのだ。
「私は、初めてこの手にお嬢様を抱かせていただいた時から、絶対お嬢様の侍女になるのだと心に誓いました。 天使のような愛くるしいお嬢様の成長が私の楽しみでもあります。 私ごときがおこがましい思いでございますが、結婚など何の足しにもなりませんし、障害物でしか――――」
永遠に続きそうなセリフを、右から左に流す私は悪くないと思う。
普段は侍女長からも褒められるくらい優秀な侍女なのに、いつからか何かのボタンを押すと私への賛美が始まる。
侍女長が聞いていれば、音も立てずに背後に姿を現し、ノアの頭上に鉄拳がはいるけれど、生憎とその侍女長はいない。
ノアのお父様、頭を抱えてないのかしら?
拳を固め力説するノアは、他の使用人から白い眼で見られていることに気づいてはいない。
「幸せな道・・・・」
疲れたから少し横になると言ってノアを追い出した部屋のベットの中で、母のくれた言葉を思い返す。
「・・・・私は何がしたいのだろう」
呟いた言葉には誰も答えてくれない。
父が先まで見据え考えていてくれることはわかっているのに、父を母をも困らせ、一体なにがしたいのだろう。
「私は馬鹿・・・・」
前世の記憶があるからといって、私は私だと思う。
そもそも、この状況で第二王子にお会いしてまた一目惚れするなんて思わないし、考えらない。
噂通りなら確かに第二王子は、素晴らしい王子だと伝えられているし、変わりはないのだろうと思うが、考えてみれば、婚約者のいる立場の人間が、心変わりをしたならまず先に、婚約を破棄したいと訴えるべきだろう。
筋を通すべき事をせず、プライドの高い令嬢を前にして、浮気相手を横に従え、いきなり婚約破棄したい、この令嬢と婚約し直すなど、宣言されればどうなるかと考えればわかるだろう。
今までの努力が全部水の泡となる気持ち、浮気相手の腰を抱き宣言された時の屈辱。
二人を前にして何もできず、惨めにその背を見つめ続けたあの激情。
愚かな行いをしてきたことは、確かに赦されないことかもしれないが、長い婚約期間の中でならいくらでも話し合うこともできたはずだ。
認められないと言われるなら、権力を盾にすれば何とでもできただろう
「・・・・・ッう・・・馬鹿みたい・・・・」
ズキンズキンと痛みはじめる胸、背を丸め膝を抱える。
涙が勝手に込み上げてきた。
この感情は私ではない。
悲しい物語を読んだ時のような感情だ。
私ではない。
納得しているのに、頭ではわかっているのに、こうして胸が痛みだす。
強烈な記憶は鮮明で、まるで今起こったことのように感じるから。
あの時の絶望、そして狂気までの怨恨。
惨めに朽ち果てていく姿。
現実に会ったこともない王子の名前を聞くだけで、うち震える一方で、急速に強い想いに引き摺られる感覚。
もしも、現実に王子に恋したら? 酷い嫉妬に駆られ同じ過ちを起こしたら?
過ちを犯した後のその後は?
両親は? 兄達は?
たとえ短剣を王子に向けたわけではなくても、王子の想い人に向ければ処刑されたっておかしくはないし、実際、迷わず切り捨てられた。
犯した過ちで断絶されても仕方ないとはいえ、残された家族はどうなったのだろう。
知らない過去が恐いのだ。
「・・・がう、私ではない・・・」
かたく目を閉じ、残照を消す。
私は私。
まだ、5歳だから前世の記憶が強く出てくるだけだと思いたい。
でも、どんな手を使っても阻止出来るものは先に潰しておきたい。
私の人生が、塗り潰されないように。
憐れんだ神様が新たに与えてくれたものだとしたら、記憶に縛られ生きていくより、気持ちを切り替えて生きていきたいと思う。
いつまでも記憶に揺さぶれないで、強い心をもってやり直ししたい。
怯えて暮すより、笑って暮らしたい。