3.先手必勝(1)
誤字脱字をご指摘いただきました。 ありがとうございます。
壁一面がガラス張りのテラスでやわらかい日差しを浴び、庭師が丹精に手入れをしている色とりどりに咲き誇る花を眺めながら、母との会話とお茶の時間を楽しんでいた。
「そうそう、王妃様からお茶会の招待状をいただいたの」
何気ない会話の中で、唐突に切り出された話。
ドクリと胸が鳴り、持っていたカップを落としそうになった。 動揺したが、心構えはずいぶん前にしていたため、すぐに気を取り直すことはできた。
粗相をした私に小言を言うわけでもなく、「やっぱり驚くわよね?」 と、いたずらが成功したように微笑んでいるが・・・・。
とうとうその日が来る。
このままそんな機会など永久に来なければいいと思っていたけど、やはり時間の問題だった。
ダグラス公爵家は王家より下の位置にあるため、王家以外の招待ならお断りできるが、お断りしにくい相手もいるみたいで、10件と招待がくれば3件ほどの招待はお受けする形をとっているようだ。
お茶会や夜会は女性の情報交換の場所であるため、利益になる相手を見極めることも大事。
母は元王女という肩書も、筆頭公爵家の奥方という肩書も部屋の端に置き「やだわ、ここにはいきたくないわ~この奥方、嫌いなのよ~」 「あら? なぜこの方から? いやだわ〜この方、ご趣味悪いのよ〜」と、のん気に断りの手紙をしたためているそうだ。(侍女談)
「・・・・お茶会でございますか?」
「そうなの。 お父様はまだ早いからお断りをとおっしゃっていたのだけど、そろそろ限界だと思うのよね」
「限界ですか?」
私が問いかけると、母は困ったように口を開いた。
「貴女は一度臥せっていたでしょう? ベットから起き上がれるようになってから1年間は屋敷から外にも出していなかったし、出したくもなかったし、すべての招待を今の今までそれを理由にお断りしていたのよ~」
「・・・・はい、それはわかります」
「でしょ? でもね? 3年も経てば病気だからとお断りすることも難しくなってきたのよ」
「・・・はい」
それはそうでしょう。
今の私は、たまに寝込むくらいでいたって健康体なのだ。 それに私の健康状態を王家の人たちが知らないわけはない。
陛下と父は毎日のように顔を合わせお仕事をしているし、お爺様はもちろん軍の指導にへ王城へ出向いているし、下のお兄様は軍の兵士の訓練に参加させてもらっているようだし、誤魔化し様はなくなってきたのだろう。
「でもね、リーシャが嫌なら行かなくてもよいのよ? お断りする理由はお父様がなんとでも喜んでするでしょうから」
・・・・・・それは、お父様にまるなげと言う言葉の意味でしょうか、お母様?
「アンジェリカ様のお手紙には、ほんの数人だけの集まりなので、お気軽にとのことなのよ」
「・・・・・そうですか」
なぜか期待に目を輝かせる母に、嫌だなんてとてもではないけど言えずに、私は行きますと答えていた。 パアッと効果音でもつきそうなほど明るい笑顔を見せた母は、椅子から立ち上がった。
「まあ!ありがとう、リーシャ! 早々、衣装を決めなくちゃ! では、後でね! リリー!リリー! 衣装屋を呼んでちょうだい。 リーシャに似合う色の生地をたくさん持たせてと伝えてちょうだい」
「・・・・・・お、お母様?」
お母様はお付きの侍女の名前を呼びながら足早にテラスを出て行こうとするが、侍女のリリーにピシッと小言を言われている。 リリーは、茫然としている私に向き直りほんの少し苦笑いしながら侍女の礼をとり母の後を追っていった。
淑女の見本はどこにいったのかしら?
いや、前世でも母はこんな感じだった。
静かになったテラスで、私は小さなため息をついた。
私付の侍女のノアが姿をみせ、「奥さまは大はしゃぎで指示していらっしゃってましたよ」と教えてくれたので、そのようねと笑って言えばノアは、「お嬢様がお出かけなど初めてですから」と控えめに微笑んだ。
ノアに連れられて与えられている私室に戻りながら、じくじくと痛みだす胸をそっと抑えた。
思い出してから、いつか来るだろうその日に向けて心構えをして過ごしていた。
それでも、不安がないわけでもないし、思えば怖いのだ。
前世と違って対処できる境遇だから、どんな事がおこっても対応できるように、今まで知らない知識を身に着けておこうと、屋敷内にある図書館に出来る限りは通い、体力の本や魔法、精神、平民の生活など手当たり次第読み漁った。
使用人達には、かなり変わった令嬢と噂されてはいるが、態度や行動に出ているわけでもないの、で全て無視を決め込んでいる。 前世みたいに脅えられて、腫物を扱うような態度をされないだけましだと思っている。
庭に出れるようになれば、侍女が止めるのを無理やり説き伏せ散歩の時間を延ばし、休憩として魔力の流れを身体に巡らせる訓練をしていた。
身体全体に魔力を感じるようになれば、夜中にひっそりと抜け出し屋敷の裏の森で魔法の練習をし体力をつけてきた。
まだ、小さな身体は思うより動かせず、体力もついてこない。 脳にも限界があり、本を読みながら何度も寝てしまった事に歯痒さを感じても諦めたくはなかった。
運命を変えるなら、王子に初めてお会いした日。
前世での私は、王子が婚約者になるなど知らなかった。 だたお願いしようと父の帰りを待っていて、待ちくたびれてその日は眠ってしまったのだ。
次の日、父に呼ばれて部屋に入ると母もいて、ニコニコしながらソファーに座っていたけど、父の辺りの空気は冷え冷えとしていた。 何か怒られることでもしたのだろうかと思うくらいに。
ソファーに座れば対面にいる父の目は据わっていた。 何だか末恐ろしいものを感じて頷くと、父はとてもとても低い声で 「リーシャ、お前の婚約者決まってる、 いや、決まったのだ。 相手は第二王子レオンアルバードだ!」 と。
今思えば、 父は王子様に対して敬称もつけていなかった。
先手必勝。
決定事項だとしても、現段階では婚約の”こ”の字も出ていない。 出ていないと言うことは、父は了承してはいないと言う事。
第二王子との初顔合わせで私の態度を聞いて、最終決定となったしまったのだろう。
その時の私に雷光でも落として差し上げたいくらいだ。
「お父様、 今はまだ 、 当分の間は婚約者を決めたくはないですわ!」
ぐほっと紅茶を喉に詰まらせて咳き込む父に、これでもかというくらいに目を見開く母。
失敗した。
最初は名を呼び掛けるつもりだったのに。 焦ってしまい、一気に言ってしまった。
清々しい朝が台無しなった感はあるし、失敗だったとしてもおそすぎる。
何かを言われる前にすばやく次の(改めて考えておいた)セリフを言葉にしなければ。
「私の立場からして、婚約話が出ていてもおかしくはないと思いますの。 たとえば、国の王子様だったりする場合は、断固として拒否させていただきますわ。 私は王家に嫁ぐより、お父様やお母様といつでも会えるような環境で暮らしたいのです。 ですから、お父様のとてもすばらしい権限で私の婚約の話は断っていただきとうこざいますわ」
叩きつけるように、考えたセリフ吐いた。