11.その日常
王城ではなく、侯爵家に滞在しているジーク様は、使用人達とも仲が良く、どこらかしこに出没しては使用人達と会話をして楽しんでいるようだ。
私は嫌っているわけではないけど、面倒なことに巻き込まれるのを避けるため、滞在中は部屋の中で大人しく過ごすようにしている。
そんな時、ノアが申し訳なさそうに断りを入れてきたのは、ジーク様からの面会の要望だった。
同じ屋敷内にいるのなら、本日の授業はないと言うことを知っているのだろう。 仕方なしに了承し客間へと招いた。
「御機嫌よう、リーシャ」
上からすっぽり着れるような服飾も変哲もないクリーム色の上着と、これまた白のズボンの裾が絞られているラフそうな服を着て現れたジーク様。
服装と挨拶がかみ合っていないし、寛ぎすぎでしょう! と、突っ込みたいが敢えて無視をすることにした。 「御機嫌よう、ジーク様。 いかがなさいました?」 と在り来たりに返した。
椅子に座るようにして、向かい合えばノアが心得たように紅茶やお茶菓子を出してくれる。
ジーク様の護衛は扉の前に立ち、ノアは数歩離れた壁際で待機した。
一息ついて、要件はなんだと視線で訴える。
「まあ、その・・・・・なあ・・」
「・・・・・・・」
「あのなー・・・・そう睨むなって! まて言うから」
「・・・・・・・・・・」
なんなのだろう。
何か嫌な事でもあったのか、それとも面倒なことになっているのか・・・。
モジモジとするジーク様にじれったくなりながら、お行儀よくまつことにする。 こんなんでも王子様ですからね。
「なあ、リーシャ」
「なんでしょう?」
「あのさ・・・・」
「なんでしょう?」
「だからそう睨むなって! わかった言うから! 暇なんだよ!」
「・・・・・・・・・・はっ?」
「っ、だから暇なんだよー」
間抜けな声が出ても仕方ないでしょう!
暇とはなんですかっ! 暇とは!
ふざけているしか取れないその言葉に、ブッチンと切れた。
「わーっ! 待て待て暇だから剣の手合せでもしないかと」
「それを先に言いなさい! 紛らわしいですわっ!」
「お前が睨む」
「誰がそうさせているのですかっ!」
行儀も作法も頭から抜け落ち、椅子を倒す勢いで立ち上がってテーブルに手をついた。
ジーク様は慌てて弁解するが、ジーク様の護衛は米神をグルグルと押しているのが視界に映った。
多少なり乱れた息を、整えて大きなため息をついて椅子に腰を下ろした。
神妙な話か、面倒な事かと思っていたけど、なんてくだらない。
「・・・・ごめん」
「・・・・・先に剣の稽古をしようと伝言してくださいな」
「まあ、そうだな」
「そうです」
紅茶を飲み、気を落ち着かせて、わざとらしくため息をついて目の前でしょんぼりするジーク様に言いたい。
ここで寛いでいないで、国へ帰って勉強なりすればいかがかと。
暇を持て余すなら、王城へでも行って遊んできなさいと。
「・・・それは嫌だ。 堅苦しいから」
「・・・・・・・・・・・・・・人の思考を読まないでいただけます?」
「いや、なんとなくだがそんな感じがしただけ」
得意気な顔をするジーク様を睨み付ければ降参のポーズをとった。
「・・・・はあ、疲れますわ」
「ジュリもアレクもレオンもいないし、つまらない」
なんということだ。
つまらないで私は巻き込まれるのか?
「護衛の方とは」
「ソージャ? あいつとは朝やった」
「・・・・仕方ありませんね、準備をしますから剣技場でお待ちになっていてくださいまし」
パアッと笑顔を浮かべるジーク様の後ろには尻尾が見える気がする。
なんだか、ミレーネのような気がしないでもないけどもう一度ため息をついて、ジーク様を追い出した。
護衛は、申し訳なさそうに深く深く頭を下げてジーク様の後を追って行った。
「私、こう見えても公爵令嬢なんですが?」
ボソッと呟いた言葉に、ノアが反応しクスクスと笑う。
「お嬢様、確かにそうですが剣術好きでございましょう?」
「・・・・・・・そうね」
着替えを取りに行ったノアの背中をぼんやりと見つめながら、剣術が好きなわけではないと心の中で呟いた。
剣先が恐いとは言えない。
克服するために、体力をつける為にと父に頼み込んで剣を握らせてもらい、時々だが訓練を受けさせてもらえるようになったのだ。
公爵令嬢が剣等を握る必要はないと言えばそれまでだが、武道一家でもあったお爺様の許しもあったから実現したことだった。
今、恐怖はないのかと尋ねられたら私はNOと返すだろう。
「お嬢様、防御を張ってくださいね。 お怪我をなさいますから」
「ええ、わかっているわ。 ありがとう」
着替えをしながら、体を巡る魔力を上げ脳内でイメージをする。
体全体が淡い光に包まれスゥと消えていく。
「さすが、お嬢様ですわ」
「ふふっ、ありがとう」
上の兄と下の兄は私が剣術を習うことをよい顔をしなかった。
上の兄は私のお願いに負け、けがをしない程度ならとしぶしぶと了解をしたが、下の兄は何かあった時は俺が守るから必要ないと最後まで言い張っていた。
では、いないときは? と、何度も聞き返し勉強した防御魔法をお披露目してあげた。
まあ、その時は屋敷中大騒ぎになり、王城から父が慌てて帰宅し詰め寄られた。
貴族に産まれれば魔力がないとは言い切れない事、お爺様も父も兄達も、そして母も保持していることは当然ながら知っている。
そしてこの私にだって魔力があることを父も母も知っていたが、魔法を扱えるとは思ってもいなかったようだ。
誰にも教わっていないから当然だが。
お爺様は、炎・氷・風の3属性、父は闇・無・氷、母は光と風、上の兄は、氷・風、下の兄は炎・雷だった。そして私は、光・水・風・雷の4属性だった。
問題なのは魔力の量であり、魔法を操れるかは自分の努力次第なのである。
問題を抱えて父は、城へと戻り陛下だけには報告したと言うことを後で知ったが、特に何もかわらない日を送っている。
魔法は日常化せずに、ああ、あったんだ、使えたんだの意識くらいしかなく、必要に迫られたならばという認識だ。
クレール王国は平和なので、戦などなく魔物に襲われるということもない。
だからといえ、何もしていないわけではない。
結界を張り巡らせ、王都全体に水路巡らせ浄化し、不燃物やゴミの処理などを魔石に込め王都を活性化させているし、軍に関しても同じことで魔力のないものは体を鍛え魔力あるものは技術を磨き、日々鍛えている。
莫大だと言える私の魔力の量は、時折父が持って帰ってくる魔石に魔力を注ぐだけだった。
カンカンと木刀がぶつかる音が響いている。
息を切らし、どことなく飛び出す木刀を弾き返しながら、簡単な魔法を展開する。
「ばっ! リーシャ卑怯だ・・・・んぎゃっ!」
「卑怯などないですわ!」
ジーク様の足元を風の魔法を使って払い、顔から地面に落ちそうなところをジーク様は寸前で交わし、斜めに切った木刀が片足のギリギリをかすっていくと同時に、もう一度風の魔法を発動させる。
「チイッ! 容赦ないな」
「容赦しては負けてしまいます!」
「≪・・・・・・・≫」
ジーク様の口元が術を詠む隙を狙って水と風のミックスで小さな竜巻を起こし、同時に稲妻が目の前に大きな音と共に落ちてきた。
「引き分け!」
ジーク様の護衛が終了を告げる。
びしょ濡れで悲惨な姿のジーク様が地面に倒れているが、けがはないだろう。
「水込の竜巻からよく逃げれましたね?」
「・・・・リーシャもな、って引き分けかよ・・・・」
「ふふっ、手加減していただきまして、ありがとうございます」
「・・・・・」
服の汚れを叩き立ち上がったジーク様は、ぬれた前髪を払いながら納得いかないような表情してみせた。
まあ、ここで本領を発揮するわけにはいかないのはお互い様だ。 どんなに仲の良い付き合いであれど、国が違う。
私は水と風しか属性がないと伝えている。
そしてジーク様も、雷と地だと教えてもらっている。
これはお互い嘘であり、そして隠したものだ。
私は父曰く、陛下の指示であるがために、ジーク様も似たようなものではないかと思う。
国が違えば、考え方も違う。
そしてお互いどんな陰謀に巻き込まれるのかわからないのだ。
「しかし、すばしっこくて腹立つ」
「あら? 殿方には力も体力でも適いませんもの。 それに、風を操るのはお手の物ですのよ?」
「・・・・・・俺も風ほしい、それと火だな」
「・・・・・私も雷や火がほしいと思いますわ」
「いや、それは(怖ろしいだろ)」
「何か?」
お互い笑って制圧する。
ジーク様は下の兄と同じで、体を動かすことが大好きだ。 この空間は結界が張っておるので上位魔法でも敗れない強さがあるので安心だが、人払いをしているのでいつまでも貸し切っているわけにもいかない。
なんとか言いつつも体を動かすのは気持ちいものだ。
そして、いい汗をかいたくらいが丁度いいと思いながら、訓練場を後にした。
「やっぱりリーシャは、そうやってしている方がいいぞ?」
「え?」
屋敷までの道のりを並んで歩きながら、ジーク様は唐突言った。
「お前の中にも色々あるだろうが、今のようにキラキラとしている方が似合うってこと!」
「・・・・・」
「お前はさ、まだガキなんだから笑って泣いて、怒って愚痴って楽しいことだけを考えていればいいんだよ、ゴチャゴチャと頭ん中で色んな事巡らせても、しかたねえと思わないとやってられねぇせ?」
「・・・・・暗いってことですか?」
誤魔化すようにわざと言ってみたが、ジーク様の横顔は真剣で私は戸惑った。
苦悩するように眉を顰め、空を睨み付けるその目に暗い闇を見た気がした。
「ジーク様?」
ハッと我に返ったジーク様は目を閉じ、目を開けた瞬間はいつもの顔に戻っていた。
「まあ、くれーな。 いやほら、ガキくさくないからさ」
「私は10歳ですが、いつまでもそんな風ではいけないでしょう?」
「・・・・・・会った時からそんなんだったじゃん!」
「私、公爵令嬢ですが?」
「・・・・・俺、王子だけど?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
私が誤魔化せばジーク様も誤魔化してしまったので、何もなかったことにできた。
闇は闇。
ジーク様にも心の奥深くに眠る、闇が存在するのだろう。
私の闇とジーク様の闇の種類は違うものだろうが、いつもと違う姿を捉えてしまい複雑な心境になった。
「また手合せしようぜ」
「ええ、そういたしましょう」
律儀に部屋の前まで送ってくれたジーク様の背中を、しばらくじっと眺めていた。




