勇者漆田の狂気を感じる
説明会です。
と言いながらも説明漏れが多いですが、そもそも設定が多すぎるので細かいところはおいおい書いていきます。
話し合いが始まってから、俺が来るまでにもう30分ほど経っているらしい。
少し遅れたとはいえ30分も遅れた覚えは無いのだが、来ていなかったのがほとんど男子だったということで漆田が話し合いを始めてしまったらしい。
とことん面倒くさいやつだ。
「まずいつも通り、彼のどうでもいい自分語りから入りましたがそれは省きます」
そして話し合いが始まると、いつもの漆田の自分語り、それと柚子希の事を口説きにきたらしい。
何やってるんだ、アホなのかと思うが漆田はそれをいつもやっているので今更つっこみはしない。
あいつの自分語りとか聞いてても楽しく無いし意味も無い、柚子希からしても話したくも無いそうなので当然のようにそこは省いた。
「15分、つまり半分は彼のどうでもいい話でした。なので身のある話はほとんど無いですね」
「アホかあいつは」
呆れた俺は思わず口に出してしまった。
予想はしていたが、やはり自分語りがしたくて時間を早めたらしい。
自分勝手すぎる、とは思うがおかげで聞く話は少なくなる。
漆田の話を聞かされたやつらには悪いが、むしろ遅れて良かったと思うことにする。
「まあ、漆田さんがアホなのは今更ですし置いておきましょう。それで、話し合いの内容ですが」
「ああ」
「一人ずつ分かったことを簡単に報告する事になったんです」
「まあそうなるだろうな」
漆田が集合とか言い出したのは今日だ。
いくら何でもそこから調べたことを紙に書いて纏めたりするのは無理がある。
だからこそ、一人ずつ報告する形になるだろうと思っていたのだが……そもそも一人ずつ聞くなら、別に全員集めなくてもよかったんじゃないかと思う。
一人ずつ別々に呼び出して、それで聞いたことを纏めて後で全員に話せばよかったのではないだろうか。
まあ、全員に聞かせたいことがあったからだろうけど、それでも無駄を感じずにはいられない。
「それで、どんな感じだ?」
「そうですね。全員が読んだ歴史書に書いてあった事、それと王から聞いた話を除くと……」
そう言って、紙にいくつかのことを箇条書きしていく柚子希。
しばらく待つと書き終えたその紙を渡してきた。
「目新しい情報はこれくらいですね」
「そうか、さんきゅ」
「いえ。……貸し一つ、ですから」
ニッコリ、と念押しするようにこちらに微笑みかけてくる。
相変わらず怖いやつだな、と思いながら俺は軽く頷いて返した。
さて、紙に書いてあるのは3行のみ。
やはりというか、そこまで大事な情報は出てこなかったようだ。
まず一つ目は、この世界の人について。
俺たちが勇者をやっていた世界と、生きている種族は変わらないみたいだが、大きな違いが一つあったらしい。
「人種差別、か」
こちらの世界でいう人族には、人族至上主義とでも言うべき差別意識がこびりついているらしい。
勇者をやっていた世界でも、魔族の事は見下されていた。それでも、森人族や獣人族、海人族といった種族の事は蔑視していなかったし、共存関係を築けていた。
それがこちらの世界では出来ない、どころか敵対しているという。
「これ詰んでないか……?」
「ですよね。私も最初それを聞いた時は愕然としました」
「よりにもよって、人族対それ以外の構図が出来上がってるとか……どうしろってんだよ」
「どうしようもない……って考えるのはまだ早いですよ」
「そうなのか?」
「ええ。二つ目を見てください」
言われて、視線を少し下げる。
そこに書いてある二つ目の情報を見て、ほんの少しではあるがホッとした。
「これなら、ギリギリ帰る条件は満たせそうだな」
「でしょう?」
二つ目、それは人族以上に魔族が嫌われているということだった。
それこそ、人族と敵対している事を忘れて手を取り合うくらいに。
「元の世界でいうGみたいな感じか」
「その言い方はひどすぎると思いますけど……」
何はともあれ、魔族が嫌われているのならそれ以上の事はない。
そう考え、一つ目を見た時よりは上むいた気分で最後の一つを見た。
「…………は?」
そして俺は絶句した。
そこに書いてあったのは、人種差別がどうとか、そんな事がどうでもよくなる程重要な事だった。
「勇者召喚出来る国が一つじゃない……?」
それは余りにも信じがたい情報だった。
勇者とは、兵器と言い換える事が出来るほどにぶっ飛んだ存在なのだ。
俺たちが勇者をやっていた世界でさえ、対魔族用という建前があるからこそその存在が許されていた。
それなのに、こちらの世界ではいくつもの種族が勇者召喚する事ができるという。
いがみ合っている国同士が兵器を召喚すればどうなるか……考えるだけで頭が痛くなった。
「……おい待て」
「大体貴方の想像通りです」
「アホすぎるだろ、こいつら……」
「言わないで下さい。私も困ってるんです」
俺たちは二人してため息を吐く。
この話が出た上で俺に余計な嫌味を言ってくるリーダー。そしてそれを止めない連中。
この二つが示す事は、……こいつらの危機感のなさだ。
こいつらは、自分たちが勇者であるということを過信している。
何があっても、自分たちならどうとでもできると思っている。
……流石に、見過ごせなかった。
勇者の力があると言えど、それ以上の力を持った相手がいないとなぜ言える?
きっとこのままでは、間違いなく不幸な事が起きる。
いくら漆田のことが気に食わないと言っても、丸二年は一緒にいた仲間なのだ。このまま勇者の力を過信して、死んでいっては欲しくなかった。
「待ちなさい」
話し合いを止め、意見を言おうとした俺を柚子希が止めた。
少し苛立ちながらも、挙げようとした手を下げて柚子希の方を向く。
「何で止めるんだよ」
「意味がないからです」
「そんなの分かんないだろ!もしこれであいつらが死んだら……」
ヒートアップする俺だったが、沈痛そうに首を横に振る柚子希の姿を見て口を閉じた。
俺が気づくような事だ、まさか柚子希が気づかない訳もない。
それでいて、こいつは俺よりも余程仲間思いだ。
だというのに、あいつらは危機感を抱いてない。
つまり、
「……もう、言ったのか」
「……はい。誰も聞き入れようとはしませんでした」
そういう、ことだろう。
俺は強く拳を握り締める。
勇者時代も俺たちのブレーンだった柚子希の言葉を、どうしてあいつらは聞き入れないのか。
普段からやる気の無い俺の言葉ならまだしも、いつも俺たちの前に立っていた柚子希の言葉に耳を傾けないあいつらの事が腹立って仕方なかった。
「……漆田も気づいてないのか?」
こみ上げてくる怒りを抑えて、そう問いかける。
曲がりなりにもリーダーである漆田は、勇者時代はそこまで無能ではなかったはずだ。
「それが……」
「なんだ」
先ほどまでよりも更に声を潜めて言った柚子希の言葉に、俺は怒りを通り越して笑ってしまいそうになった。
ーー僕たちは勇者なんだ、そこまで弱く無いよ。……本当は柚子希さんが怖いだけだろう?でも大丈夫、僕が君を守ってあげるからさ。
爽やかに笑う漆田の顔が頭に浮かぶ。
「……バッカじゃねえの」
絞り出すように、俺はそう呟いた。
つまりあいつは気づいていて、……心配する柚子希の気持ちも分かっていて、それでもなおそう言ったわけだ。
漆田の事を心配していた事が、バカらしく感じてくる。
きっと、危機感を抱いている奴は他にも何人かいただろう。
けれどそれは言い出せなくなった。なんせ柚子希が、参謀が言ったことをリーダーが否定したんだ。
もう誰が言っても効果が無いし、それどころか漆田のリーダーシップを疑っているように見られる。
「そこまでして、あいつは何がしたいんだよ」
仕切っている漆田を睨みつけるような目で見る。
するとあいつはそれに気づいて、こちらを見た。
……醜悪と呼べるほど、歪んだ笑みを浮かべながら。
「……ッ!」
俺はゾッとして、思わず立ち上がりそうになった。
あの笑い方には見覚えがある。
勇者時代に会った、狂信者達がする笑い方だ。
「……漆田君は、言ってました」
漆田と目が合った俺を見て、柚子希は言った。
「……『僕は帰る。そのためなら、世界を壊すことも厭わないし、他の勇者がどうなろうとも構わない』と」
この話はちょっと無理やり過ぎた気がしますのでいずれ修正するかもしれません。
まあこれでようやく主人公が旅に出るように仕向けられたので、後はさっさと話を進めたいと思います。