勇者達は帰れない
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目を閉じていてもなお眩しく感じるほどの光。
いい加減失明するんじゃないか、なんて考えながら耐えていると、しばらくしてようやくそれが薄れていった。
「ん……」
光が収まったことを感じて目を開く。
そこは、今まで強い光で目が慣らされていたことを差し引いても、やけに薄暗く感じる場所だった。
日の光はおろか、月の光すら差し込んで来ない。
ここは一体どこなのだろうか。
そうして頭を捻っていると、その思考を邪魔するようにピカピカと光りながら何かが後ろに落ちてきた。
一瞬何が落ちてきたのか分からず焦ったが、断続的に発光と落下音が続くことからすぐに何が落ちてきたのかを理解する。
「いてっ」
「何だ!?」
続けて聞こえてくる声からも察せられる通り、俺と同様に送還された勇者達なのだろう。
ビビって損した。
そう考え、安心している間にも発光は続き、ちょうど29回で終わった。
「さて」
発光する回数を数えている間に、ある程度目が暗闇に慣れてきた。
何人か俺に気づいて話しかけようとしているやつらがいるが、ひとまずそれを無視して辺りを見回す。
ーーそして、ここがどこなのかを把握し、俺は顔を引き攣らせた。
「牢屋、か……?」
それは、想像以上に厄介なことに陥ったことを示していて。
帰ってきたわけではないということを、これ以上ないくらいに思い知らされた。
「ようやく揃いましたね」
現実を受け入れられずに呆然としていると、そんな声が足音と共に聞こえてきて我に帰る。
コツ、コツという足音は、牢屋の前で止まった。
そして。
「初めまして。私は宮廷魔導士長のアグルムと申します」
ニコニコとした温和な笑みを浮かべながら、白衣を着た老人はそう言った。
「宮廷魔導士長……?」
老人の言葉に反応して、誰かが訝しげに聞き返す。
その声は、大部分が絶望で彩られていた。
「ええ。カルジェナ王国宮廷魔導士長、それが私の身分です」
カルジェナ王国。
その言葉を聞いた俺たちは、ごく僅かな可能性すら潰えた事を理解し、項垂れてしまった。
ーーそう、つまり俺たちは地球に帰ってきたわけではなかったのだということを。
何せ地球には、カルジェナ王国なんて場所はないのだから。
信じたくはないが、信じるしかない。
そうして絶望とともに現実を受け入れ、落ち込んでいた俺たちに、老人は驚愕の一言を放った。
「ーーそして、私が貴方達の召喚主です」
……は?
今こいつは何と言った?
召喚主、つまり俺たちを帰れなくした元凶……?
スッ、と。
俺たちはほとんど物音を立てずに立ち上がり、いつでも戦えるような姿勢をとった。
俺たちは、召喚主だという一言で、ようやくこの老人を敵として認識したのだ。
いや、遅すぎるだろうと言いたくなるのは分かる。
確かに牢屋の中にいた時点で怪しむべきだ。
だが、そもそも俺たちの中で牢屋に入れられていると気づいてたのは数人しかいなかった。
俺を含めて、そいつらはみんなこの状況に動揺していたから、戦うことまでは考えていられなかったのだ。
まあそもそもの話、牢屋に入れられた程度では警戒するまでもないのだが、それではあまりにも警戒心が欠けていると思われるから言わない。
とりあえず今は老人の話を聞いて、情報収集するとしよう。
「おやおや、恐ろしい。そのご様子ですと、すでに戦闘は経験済みのようですね。これは当たりを引いたようです」
俺たちの様子を見て、面白そうに笑う老人に少しイラっとしたが、そんな事よりも。
こいつ、また何かおかしな事を言わなかったか?
戦闘を経験している、ってどういう意味だ?
もしかして、俺たちが勇者だったことは知らないのか?
「当たり、ってどういうことだ?」
「ええ、説明して差し上げましょう」
気になった俺が問いかけてみると、もったいぶった仕草をしながら老人、もといアグルムは答えた。
「我々は、異界から勇者を召喚する魔法を使えます。その魔法によってあなた方はここに呼び出されたわけですが、それは決して狙って呼び出したわけではないのです」
「というと?」
「ええ。勇者を召喚する、という意味ではあなた方を狙って呼び出しました。ですが、あなた方という存在を直接狙ったのではありません。勇者になりうる存在を召喚した、というだけなのです」
少し回りくどく分かりにくい説明だったが、俺はそれを聞いてひとまず安心した。
こいつの使った魔法は、勇者になる可能性のある人物をランダムに召喚する魔法であって、特定の人物を狙って召喚出来るわけではない、ということなのだろう。
となると、やはりこいつは俺たちが勇者であったということを知らないんだな。
勇者だった俺たちの力を利用する、という一番面倒なパターンが無くなったことに安堵の溜息をもらす。
同じように考えたのか、何人か俺と一緒に溜息を吐いていた。
「……?どうかしたのですか?」
「いや、何でもないよ」
「そうですか?」
俺たちの態度が流石におかしいと気づいたのか、何やら考え込むように眼を細めるアグルム。
このままでは俺たちが一般人ではないことに気づかれるかもしれないので、少し焦りながら話を進めるように促した。
「なあ、それであんたは何をしに来たんだ?」
「そう言えばまだ言ってませんでしたね。いいでしょう、説明して差し上げます」
何だかやけに上から目線なところが気になるが、今は何も言わないで黙っている事にする。
するとアグルムは、訳のわからないことを言い出した。
「簡潔に申しましょう。あなた方には、これより我々の奴隷となってもらいます」
「……は?」
奴隷になってもらう。そんなことを言われて奴隷になるようなやつがいると思っているのだろうか。
俺たちが混乱していると、アグルムはまたしても偉そうに続きを話し始めた。
「みなさんには、ここに召喚する時に隷属魔法をかけてあります。無条件に私に隷属するようにね」
「「「…………?」」」
キョロキョロとお互いを見合い、首をかしげる俺たち。
困惑としか言いようのない俺たちの様子を他所に、アグルムは楽しそうに続けていた。
「……というわけです。まずは、そうですね……みなさんのステータスから見せてもらいましょうか」
最早誰も聞いていないアグルムの話がようやく終わったので、そちらを向いてみると俺たちの中でも特に女子達の方を血走った目で凝視していた。
「「「ひぃっ……」」」
いかな勇者とはいえ、その様子には得体の知れない恐怖を感じたらしい。
大多数の女子が自分を抱きしめるようにしてアグルムから距離を取った。
「そうですねぇ……そこの貴方と、そこの貴方。こちらに来なさい」
しかしアグルムは、自分に都合の悪いことは見えていないのか、気味の悪い笑みを浮かべて言った。
そこの、と言われるのに合わせて指を差された二人の女子は、余りの気持ち悪さに涙まで浮かべていた。
「……?どうしました?早くこちらに来なさい!」
「「ひいいいいっ!!」」
少し困惑しながら、苛立たしげにそう言うアグルム。
あー、こりゃばれたかな。
隷属魔法使ってるのに従ってないんだから、バレてないにしても違和感は感じてるだろうし、こうなったらもう隠すのは不可能だろう。
まあ、ある程度情報も得た事だし、後はこの国を乗っ取るなりしてしまえばいいか。
となると、まずどうするか。
決まってる、さんざ偉そうにしてくれやがった老人に、痛い目見せてやらないといけないよな?
俺が出した結論は、大方周りと一致したみたいだ。
すでに何人か、気の早い連中がアグルムの方へ歩き出していた。
「おい、ジジイ」
「何ですか?貴方は呼んでな……」
「誰がお前なんぞに隷属するかボケェ!」
「グボェッ!」
アグルムの言葉を遮って、まるで不良のように叫ぶそいつ。その声とほとんど同時に、人体から鳴ってはいけないような音が牢屋内に反響した。
おい、流石に鳩尾狙って蹴りかますのは危ねえって。相手の歳考えてやれよ、死んじまうぞ。
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