※NEW※ 第2.5章 1幕 【第2章 エピローグまで読破済】
レインは大きな溜息を付いて目の前の光景を見つめた。
「これはまた…」と、言葉に出し腰に挿す日本刀の柄に手を添える。
そこに広がるのは街道を遮るようにしてこちらを睨む狼の群れ。何頭いるのだろうか…。ザッと見ただけでも20頭ほど。いや、それ以上か……。
どす黒いゴワゴワの毛、赤く血走る瞳。白い牙が見える口は大きく開かれ、涎がボタボタと地面に落ちていく。
「やけに凶暴だな。この時間だから余計に……か」
レインは夕暮れを過ぎようとしている薄暗い空を仰いぐ。黄昏の時間は猛獣が動き出す時間。
無理をして先を急いだ報いか…と、もう一度溜息を付いた。
先頭の狼が大きく唸り出す。その狼に合わせるように周りの仲間も姿勢を低くさせながら唸り声を上げるた。
レインはその戦闘態勢の狼を見つめつつ、左足を半歩後ろへと引き、腰を低く保つ。
その瞬間、狼達が一斉にこちらに向かって走り込んで来る。
レインは素早く抜刀し、刃先に氷結系能力を発動させた。
能力の発動で辺りに冷気の風が起こる。その場の生暖かい空気は一気に冷却され、レインの周りには霧が舞った。若草色の髪がその風に舞い、マントの裾がバサバサと音を立てながらなびく。
そんな急激な空気の揺れに狼達は一瞬身を引き掛けたが、大きな雄叫びと共に霧の中へと走り込んで来た。
飛びかかって来た狼の牙をレインは刀で受け止める。ドンッとぶつかる瞬間に空気が揺れ、霧が一気に消える。狼の牙はレインの顔近くまで迫って来たが、その牙はパキパキと白く凍っていった。
狼はそのまま口、鼻を凍らせられ、その場にドサリと倒れる。レインはそんな狼を見向きもせず、後ろを振り返った。そしてそのまま次の狼へと刀を向ける。狼は一頭目の姿を見ると怯んだ。
しかしすぐに数頭がレインに向かって飛び込んで来る。レインは一度軽いステップを踏むと、目の前に迫り来る狼を刀でなぎ倒した。一頭目はこめかみに、二頭目は首元に、三頭目はわき腹に…。刀は肉を斬り血しぶきが上がる。
レインは次々と襲い掛かってくる狼達をまるで演舞を舞うかのように軽いステップで払いのけ、交わしながら攻撃していく。徐々にスピードが上がり、髪とマントがそれに合わせ黄昏の空気を斬る。
速く……もっと速くと身体が動く。
その度に彼は狼の血肉を斬りつけた。狼の悲鳴に似た叫びが辺りを覆う。しかし狼達はレインへの攻撃を辞めなかった。
牙を剥き出して襲い掛かってくる獣をレインは刀で払いのける。斬りつけられた狼はドサリと地面へと倒れ、その後動く事はない。
やがてその場で息をするものはレインだけになっていた。
浅い呼吸を整えながらレインはステップを踏むのを辞め、その場に佇む。そして刀を振り、血を払いのけた。
辺りを見回す。かつて狼だったものが辺りに転がる。
レインは刀をゆっくりと鞘へと納めた。キンッと透き通った音が静かになったその場に響く。
レインはその場に膝をつき、流れる真っ赤な血に触れた。
「ごめん…」
その場にあるモノはその言葉に何も言わない。
レインはそんな肉片に向かい首を垂れ、目を瞑る。血に触れた指先が赤く染まり、それを闇夜から現れた月が照らす。
「俺はここで喰い殺されるわけにはいかないんだ。だから……ごめん」
レインは数秒を彼らに捧げた。
すると、レインの指先から炎が上がる。炎に合わせレインの若草色の髪が一瞬紅色へと染まる。炎はやがて流れる血を伝い、周りに転がる狼達へと燃え移っていった。
辺りの景色は赤々と燃え盛る炎へと変わっていく。
レインは炎の上がるその場からゆっくりと立ちあがり、空を仰いだ。紅色の髪がまた元の若草色へと戻っていく。
空は黄昏の時間を抜け、暗闇へと変わりつつある。そんな黒の中へ唯一光る月は冷たくこちらを見ていた。
少しの間その月を眺める。
周りの炎は勢いを増しながら狼達を天へと返していく。やがてレインの周りは、灰すらも残らない元の道へと戻っていた。
「……」
レインの起こした炎は燃やすものが無くなり、小さくなると音もなく消える。辺りは月明かりのみの薄暗さが戻ってきた。
「行こう…」
レインはそれだけボソリと言って向かうべき先を見つめる。そして月明かりに照らされながら前を歩き出す。
やがて消えていくように彼の背中は闇夜に溶けていった。