第2章 19.5幕 【第2章 19幕まで読破済み】
箱庭の中枢にある屋敷。それが神の住むこの世界で最も安全な場所。
城のど真ん中に位置するこの場所は外の世界と隔離してあるかのように静かだ。
テラス席に座っていると木々達が風に靡き、サラサラと音を立てる音が聞こえてくる。そんな涼しげな風がレインの若草色の髪を撫でる。
レインは文庫本サイズの書物を片手で持ち、もう片方の手で頬杖を付いた体勢で夕刻のひと時を過ごしていた。
人間の頃にはあまり読書をしたなったレインも軍人になってからというもの、勉学の楽しさを少し分かってきていた。
横髪が風に靡き視界に入る。レインは頬杖を付いていた手で髪を撫でた。
今回の本もなかなか興味深い。ゲートの設置理論と解体についての知識は一通り分かってはいたが、ここまで細かく書いてある書物は中界軍には無かった。
レインは次のページをめくりながら足を組み直す。
その時、ふと書物から目を離した。すると目の前のテラス席で書類を書いていたシラが、珍しくテーブルにうつ伏せてうたた寝をしてる。
資料を左右に高く積んで、かれこれ2時間ほどテラス席で次の議会の書類を作っていたシラは、どうやら疲れが出たらしい。気持ちよく寝息を立てていた。
「シラ?」
レインはシラにそっと声を掛ける。返事は無い。
「そんな所で寝たら風邪引くぞ」
レインは文庫本に付箋を指し、テーブルに置きながら言葉を続ける。
しかし、余程疲れていたのだろう。シラはレインの声に反応することなく、気持ち良さそうに眠っている。
レインは包帯をしている左目辺りをポリポリと掻きながらこの状況を悩んだ。
時は夕刻。このままにしていては秋風の寒さで風邪を引くかもしれない。気持ち良く寝ている彼女には悪いが起こそう。
レインは椅子から立ち上がるとシラの隣に向かう。
風邪がシラのスカイブルーの前髪をほのかに動かす。
そんな彼女の寝顔にレインは一瞬ドキッとした。思わず彼女の前髪をそっと撫でる。
艶やかなスカイブルーの髪。白く透き通った肌……。
レインは先日ジュノヴィスがしていたようにシラの髪をそっと持ち上げてみた。ジュノヴィスはあの時、この髪へキスをする仕草をしていたのを思い出す。
レインはあの時のジュノヴィスの恥ずかしい動作に思わず顔を赤らめた。
そんな恥ずかしい事を自分は出来ないな……と、シラの髪を自分の額に当てる。
「俺は……」
そこまで口にしてレインは言葉を止めた。これ以上は口にしてはいけない。それが今の自分の『熾天使の騎士』としての立場だと思ったからだ。
「何やってんだろ……」
そう言ってレインはシラの髪をそっと離す。そして「シラ、風邪引くから」と、彼女の肩をポンポンと叩いた。
「ん……ううん」
シラはその声にモソモソと反応する。
「もう直ぐ日が沈むぞ、起きろよ」
「あれ? 私……寝てました?」
シラがレインへ問いかけながら身体を起こす。
「少しだけな」
「は、恥ずかしい」
そう言ってシラは顔を赤らめながら座り直した。
「寝顔……見ました?」
「ん~~少し」
シラの恥ずかしそうな顔を見てレインは微笑む。
「最近、軍議で忙しいから仕方ないさ」
「そうだとしても、男性の前で居眠りなんて」
シラはそう言いながら寝癖が付いてないか前髪を撫でる仕草をする。
「レインの前だと緊張しないからですかね?」
「そうなのか?」
「はい。何と言うか、安心する……のかな?」
シラはそう言って満遍の笑みをレインに見せる。
そんな彼女の笑顔にレインは少し顔を赤くした。
「そ、そうか……」
彼女の笑顔が赤く染まり、始める夕日に照らされる。シラの笑顔がさらに眩しくなっていく。
そんな最神成人の儀が数日に迫る、ある日の夕刻の出来事。
気が付けば、レインもシラの笑顔に釣られて笑っていた。