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祭りの準備に浮かれる港町は、美也子の思い描いたとおりの喧騒とファンタジー感にあふれていた。
赤茶けた煉瓦で組まれた商家、そこから横筋にそれれば土壁の民家がひしめく。その軒々には、子供の頭ほどもある色とりどりの風車が飾られ、潮風を受けて小気味良く回る。
ギャロと連れ立って歩く美也子は、色彩豊かな風景に足を止めて見入っていた。
「どうして風車?」
「ああ、この辺は風の神をあがめているからな」
マーロボーでは潮の香りを届ける風が常に海から吹く。
それは洋上では船の航行に欠かすことの出来ない恩恵であり、時として荒れ狂う脅威でもあるのだろう。だからこそ神格化され、あがめられているのであろうことは容易に憶測できる。
「おっとあぶねえ」
風車を掲げて走る子供の一団がぶつかりそうになった。ギャロは美也子を引き寄せ、軽く抱きとめる。若草を思わせる匂いが、ふわりと美也子の鼻腔をくすぐる。
そして耳朶をくすぐったのは、この距離でもやっと聞こえるほどに小さな、切ないつぶやきだった。
「懐かしいな……」
「何が?」
努めて冷静に美也子を手放しながら、ギャロは飛び出た目玉をクルリとそらす。
「ただの独り言だ。それより、今日はお前の買い物なんだから、しっかり選べよ」
今日の目的は美也子の衣装を買うことだ。仮にも見世物といえども、人前に出るのに普段着ではよろしくなかろうと、ギャロが彼女を街へ連れ出したのである。
「値段は気にするなよ。へそくりの使い道が無くて、困っていたんだ」
「でも……」
「別にタダって訳じゃない。出世払いで、がっちり返してもらうさ」
渋る美也子の手を引いて、ギャロは一軒の洋品店の軒をくぐる。