8
旅暮らしは共同生活が基本なのだから、いつまでも美也子だけを特別扱いするわけにはいかない。
(そろそろ頃合だろう)
そう思って、美也子を料理当番の女衆の中に送り出したのである。何かあれば取り繕いに出ようと、細工物を彫りながら焚火のそばにいたのだが、それさえも杞憂だった。
小娘のような見た目なのに、美也子は大人の分別というものを心得ている。頭の回転も速い。『ギャロの恋人』と幾分からかわれはしたものの、それさえ上手くかわして、すぐに女衆と打ち解けてしまった。
ギャロは細工の手を止めて、芋の皮を剥く美也子にしばし見とれる。大柄な猪頭の婦人や、すらりと背の高い猫頭の娘と比べると、その姿は子供のお手伝いのように愛くるしい。
(……俺もヤキが回ったかな)
今年で三十八になるギャロから見たら、美也子はあまりに若すぎる。小柄で子供っぽい外見は、初めて見たときに二十歳にも満たない子供だと思ったほどだ。
(だから、余計焦っちまったんだけどな)
森の獣道の傍で、彼女は無防備に上着を肌蹴て倒れていた。小ぶりで可愛らしい胸に視線が行ってしまったのは全くの不可抗力なのだが……子供だと思っている相手に、衣服を正してやる指が惑うほど欲情したなどとは、口が裂けても言えない。
彼女が大人の歳だと聞いたときに必要以上に取り乱したのはそのせいだ。あの時灯った欲情のままに抱いても非常識ではないと知って、激雷にも似た戸惑いが体中を巡った。
……こうして見れば、ちゃんと女じゃないか。
白く、細い指は慣れた手つきでジャガイモを剥いている。エプロンをきゅっと締めた腰も、大人の肉感を描いてまろい……。
通りかかった猫の娘が美也子に何か話しかけるのが見えた。何か二言三言を交わして、二人はくつくつと笑う。正直、ギャロの目には美也子しか映らなかった。
その白い頬は豊かな感情を色彩で表す。今は桃色に染まるほどの笑い。
(桃の実みたいだ)
今すぐ手元に引き寄せて、指先の吸盤でちょいと突きながら柔かさを確かめてみたい。唇で、その甘さも、一口だけ……そう思うだけで腰の下に不埒な反応を感じる。
(最近ご無沙汰だから、そのせいだ)
あんな子供みたいな女に欲情するほど溜まっているなんて、体に悪い。
(街に着いたら女でも買おう)
祭りに浮かれた雑踏の中から適当な女を見繕うのも安上がりでよかろう。性欲処理の相手など、女でさえあればいい。
(だけど、あの女だけはダメだ)
ジャガイモを入れた大ざるを抱えあげた美也子がよろめく。思わず両手を差し伸べかけたギャロの代わりに、がっしりとした猪頭の女性が大ざるを攫った。
(ほらな、俺なんかお呼びじゃないんだよ)
浮きかけた腰を再び沈めて、彼はぐりっと目玉をまわす。
異界から来た者だから。『異種族』と言う観念を持つ女に無体を強いるのは可哀想だから。年齢の差を考えたらみっともない欲情であるから……彼女を抱かない理由などいくらでも思いつくのに、どれもしっくりと来ない。
(違う! 単なる欲求不満だ)
心臓の周りに甘苦い膜が張ったような痛みも、全ては『欲求不満』でしかないのだ。
……そうでないなら、俺は……
そんなギャロの戸惑いも知らず、美也子は、にこやかに微笑んでいた。