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墓参りから帰ってきたギャロは、店番をしていた美也子とギャロリエスに一言、「ありがとうな」と言ったきりであった。その後は、舞いの幕間にポツリポツリと来る客を相手して、朝までを過ごす。憑き物が落ちたように明るい表情は、美也子を安心させるのに十分であった。『母との和解』は成ったのだろう。
それでも、祭りの始末も済んで、いざ旅立ちというときには、さすがの彼も少しばかり泣いた。すっかり懐いた姪っ子が、駄々をこねたのだ。
「お祭りの仕事なんかやめて、おじちゃんもここで暮らせばいいじゃない」
「そうはいかないさ。大人は、今やってる仕事を簡単にやめたりできねえんだよ」
「わかんない、そんなの」
少し涙を浮かべてむくれた少女は、伯父の腹にしがみつく。
「わかんないもん」
「うそつけ。しっかり者のお前が、解らないはずないだろう」
ギャロはギャロリエスを抱き上げる。幼子はポロリと涙をこぼした。
「何も泣く事はないだろう。どうせ、ここはうちの縄張りだ。来年の祭りの時にはまた来るさ」
「それでも嫌なの!」
「うむむむむぅ……」
ギャロは困りきって目玉を回す。商売柄、駄々っ子の相手など手馴れているはずなのに、この子だけがうまくあしらえない。
「泣くなよ。今度来る時はどっさり土産を持ってきてやるから」
「また、お店のお手伝いもしていい?」
「おうよ。むしろありがてぇ」
こうして姪っ子と別れて再び旅路についた彼は、少々ふさぎがちであった。ガタゴトと揺れる旅馬車の中、彼は俯いて小さな細工など削っているが、その手元は止まりがちである。
美也子は努めて明るい話題を探した。
「ねえ、もうちょっと行くと温泉があるんだって? せっかくだから、ゆっくりとお湯につかりたいわねぇ」
「なんなら、一緒に入るか?」
ちょっとおどけた口調。だが、妻を引き寄せる手付きは、強い。
「……すまんな。気を使わせて」
だから、美也子も真面目に答える。
「ギャロリエスと別れたのが、そんなに寂しかった?」
「ちょっとな。それでも、あいつは他人じゃないんだ。来年も、再来年も、その先もずっと、祭りのたびに会いに行くさ」
「じゃあ、何をそんなに落ち込んでいるの?」
「たいしたことじゃないんだ」
ギャロは、柔らかい髪に頬を擦り付る。
「美也子は、お袋さんに会いたいか?」
ふっと湧きあがる郷愁。美也子の脳裏に、一人きりで食卓に座っている母が思い浮かんだ。他意はない。とっさに思い浮かんだだけの、美也子の心象風景に過ぎない。だが、あまりに寂しい光景だ。
食卓には二人分の茶碗が並んでいた。おかずは美也子の好きなコロッケだ。これは、いつもいくスーパーではなく、もう一軒遠いスーパーまで足を伸ばして買いに行ったものだ。美也子が喜ぶからと、コロッケの時はいつも、そう。
だが、食卓についているのは母一人。少し背中を丸め、もくもくと飯を食んでいる。ただ、それだけの、ほんの一こまが思い浮かんだだけだ。
「会いたい」
それが美也子の答えだった。そして、ギャロは喉の中で「そうか」と唸っただけであった。