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「俺はそういうのに縁が無いからよ……」

 下瞼を半ば引き上げてうなだれた姿は寂寥に満ちている。美也子にかける言葉などあろうハズもない。

「ギャロ……」

 沈みきった声に気づいて、彼がくるりと目玉を動かした。

「こんなん、女を口説く常套手段だろ。ひっかかってんじゃねえよ」

 美也子の眉間に寄った皺をつんと突いて、大きな口がにやりと笑う。

「ま、俺は一人でいるほうが性にあっているんだ。あんた、間違っても惚れないでくれよ」

「本当に……?」

 大きな背中を丸め込んで話す姿には、誰かを待ちわびる子供のような風情があふれていたというのに、あれは、本当に、寂しさでは無かったのだろうか。

「俺のことより自分の心配をしろよ。しばらくはここに居ればいいが、先々はどうするつもりなんだ」

「できれば……」

 元の世界に帰りたい。

 急にいなくなって両親は心配していることだろう。友人たちだって、仕事だって、美也子は生活の全てをあちらの世界に置いてきてしまったのだ。

 それに、異世界での恋が素敵に見えるのは物語だからであって、今こうして実在している『異世界』を望んでのことではない。これから見世物としてどんな仕事をさせられるのか、生活は成り立つのか、もっと言えば生きていくことさえもがひどく難しいことのように思える。

「まあ、一人ぼっちなのはお互い様だ。あんたが一人じゃなくなるまで、俺が傍にいてやるよ」

 蛙口からこぼれるその言葉だけが、ひどく心強い。体温の低い体に身を寄せて会話を共有する時間がもっと続けばいいと、美也子は言葉を探す。

「あのね、私の世界でのお祭りっていうのはね……」

 こうして、どれだけ無駄に互いの世界の話を聞かせあっただろう。本当は言葉などなく、静かに彼の傍に居たいだけなのに。

「お神輿とか、山車が出るのよ」

「オミコシ?」

 彼が興味深そうに聞き返す低い声が心地よいから、ついしゃべりすぎてしまう。

「そうね~、神様のお家のミニチュアを、みんなで担いでパレードするの」

「似たようなのは、こっちの祭りでもある。担ぐのはガキどもで、花を撒きながら練り歩くんだ」

「見たい!」

「仕事の合間に見てくればいいさ」

「一緒に……行かない?」

「ばかいうな。こんなおっさんといたら、ナンパもされねぇぞ。一発逆転、玉の輿を狙ってんだろ」

 再び木彫りを始めたギャロの体が、小刻みに揺れながら離れてゆく。


……寂しい。


 急に体温が下がったように感じるほどのこの寂寥は、どの感情がもたらすものだろう。耳当たりのいいナイフの音を聞きながら、美也子はぼんやりと考えていた。

 とにもかくにも、街へ着けば祭りだ。異界での祭りはやはり、物語のように幻想的で美しいのだろうか……そこに馳せる思いだけが、美也子を慰めるのだった。


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