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こうして昼も過ぎる頃には、ギャロの屋台は村中の子供たちの間でちょっとした話題になっていた。大熊狙いの男児と、ネックレスを欲しがる女児が店先に押し寄せる。もちろん、飾り台は少し後ろに下げてあるのだから、そう簡単にはとらせない。
「おばちゃん! もう一回!」
勢い良く小銭を差し出した小さな手に、わっかを差し出しながら、美也子は苦笑する。
(おばちゃん、か)
そう呼ばれたことはなかった。童顔だからというだけではない。美也子は職場でも年若い方であったのだし、友人たちもみな大人だ。そういう人間関係がなかったのである。
これからはきっと、そう呼ばれることも多くなるだろう。何しろ子供相手の商売なのだ。
(それに)
夫を得た身でもある。いずれギャロとの間に子供でもできれば、そう呼ばれる機会はもっと増えるはず……幸せな夢想に身悶える美也子の後ろから、ギャロが声をかけた。
「おい、飯にしよう」
この夫君、妻のためにと屋台をめぐって、昼食になりそうなものを買い漁ってきたのではあるが、細身で小柄な妻にどれだけ食べさせようと言うのか、両手一杯に笹包みを抱えている。
「こんなに食べられないよ」
「なあに、残ったら俺が食うさ。それに、ネロにも分けてやりゃあいい」
話が聞こえたか、隣の屋台からカタツムリ顔が叫ぶ。
「チョコは勘弁してくれよ!」
「……だ、そうだ。まあ、甘い物を食うのは女の仕事だからな」
包みを選り分け始めた大きな背中を見つめて、美也子は戸惑う。
……言うべきだろうか。言ったら、彼が思い描いている『女性像』から外れてしまうだろう。きっと、呆れられる、嫌われる……歴代の彼氏たちはみんなそうだった。