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 ギャロががっくりと膝を崩す。

「くっそ、恥ずかしいな」

「あら、私が妻なのがそんなに恥ずかしい?」

「とんでもない! 決してそういうわけじゃないんだ!」

「冗談よ。さっさと支度しちゃおう」

「ん、ああ」

 隣の屋台ではネロが、果物にかけるチョコシロップを煮はじめている。これは直火にあてず、湯を張った鍋にチョコの入ったボールを浮かべて作るのだが、それでもカカオのビターな香気は輪投げ屋の簡易な屋台にまで押し寄せる。すん、と鼻を鳴らせば、舌の上で香りは解け、刺激された味覚にチョコの味を感じた。単調な渋みの香ばしさではなく、上質な乳の芳醇と、砂糖の甘味に練り上げられた複雑な旨味の総体。良質なチョコレートだ。

 その香りに誘われたついでか、犬顔の少年がひょこりと店先を覗きこむ。彼の視線は、並べられた景品の中でもひときわ立派な木彫りの熊にとまった。

 それはギャロが特に丹念に彫ったもので、襲いかからんと立ち上がった熊が呻く喉鳴りさえ聞こえそうなほどの、逸品である。しかも大きさだって大人の膝まで程もあるのだから、すこぶる見栄えがいい。これを獲って帰ったら、さぞかし自慢になるであろう。

「おじさん、一回ね」

 小銭を差し出す子供に向かって、ギャロはにやりと笑う。

「坊主、よかったな。最初の客だから、サービスだ」

 いつもより一本多くわっかを渡して、ギャロは木彫りの熊の鼻先をコツコツと叩いた。

「いいか坊主、コイツが欲しかったらここを狙うといい。だが、ちょっとしたコツがあってな、てめぇの目算よりも、心持ち上を狙うんだ」

 アドバイス自体は親切だが、筵の上に無造作に並べられたように見える景品は、なかなかどうして、ギャロの経験と勘によって微妙な加減に配置されているのだ。特に大熊は今回のメイン景品。看板代わりでもある。難易度は高い。

 そういうわけで結局、少年が手に入れたのは参加賞の小さな駄菓子だけであった。

「別に、ガキをだましているわけじゃないんだぞ」

 ギャロが肩をすくめる。

 確かに子供の小遣い銭を巻き上げているように見えなくもないが、これで上がりを得ているギャロにとっては、経営戦略だ。妥協してやるわけにはいかない。

「まあ、ガキにもいろんなタイプが居てな、いきなり大物を狙おうってやつばかりじゃないさ」

 良く見ればとりやすい手前の方にも、ちょっとした目玉景品が隠されている。 どこかのおもちゃ屋で仕入れた小さなブリキ人形や、高級な菓子でパンパンに膨れたキャンディバッグなどは、子供の喜びそうな派手な色で目をひく。ギャロの細工だって、透けそうなほど薄くまで削りこんだ翅が美しいトンボの彫刻など、子供にとってはちょっとした宝物になるだろう。

「ヤマっ気さえ出さなければ、とれるものはいくらでもあるんだよ」

 ギャロは枯れ枝を組んで作り上げたアクセサリー台をこつこつと指で叩いて見せた。

 それは大きく三又に分かれた枝を平らな台に据えただけの簡単なものだが、わっかがかかりやすいように枝先が程よい長さに切りそろえてある。もちろん、美也子の作ったネックレスが飾るように引っ掛けてあった。


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