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指を沿わせ、小さな手のひらを突き出した唇の先に引き寄せる。
「なあ、美也子、ずっとこうして眠れたらいいのにな」
「別に、寝るぐらい、毎日だって一緒でいいじゃない」
「毎日じゃない。ずっとだ」
彼は、美也子が異界に帰るのだと信じて疑わない。いずれ、その手立てを見つけたら、自分の元から去るだろうと。それも仕方ない。彼女は異界の女だ。
だからそれまでの、かりそめの夫婦であると知って、それでもなお彼女の身体を欲したのだ。だから……。
「ずっとだ……美也子」
喉を少し膨らませて、鳴らすようにささやく声に、美也子は何の迷いも無く答えた。
「はいはい。ずっと、ね」
「解ってないな。ずっとだぞ?」
「だから、ずっとでしょう?」
一方の美也子は、とっくの昔に元の世界に帰ることなどあきらめている。残してきた母のことを思えば胸はいたむが、帰る手だてがない。
ならば彼の傍に居たいと、本当の夫婦になることを望んで身体を交わしたのだ。
「ねえ、ギャロ。ずっとって言ったら、ずっとなのよ」
「そうだな。ずっとだ」
どうもかみ合わない。それが男女の感覚の差なのだと、二人は思っていた。
……このときは……
指先をつないだまま目覚めれば、よろい戸の隙間から砕けるような朝日がこぼれている。快晴。それはまさしく祭り日和であった。
カステアの祭りには周辺の小村からも見物の客が集まる。いつもは麦穂ぐらいしか見る物の無い村に人は集まり、一昼夜を通してにぎわうのだ。その人出に備えて、ギャロと美也子は、朝から景品を並べたり、小さな看板をたてたりと大わらわであった。
気の早い若い衆などが時折、店先を覗きこむ。彼らの目的は、村に逗留しているとうわさの『醜怪種の女』に対する興味なのだから、ギャロなどは気が気でなかった。
「おい、美也子」
彼らしからぬ、不機嫌そうな怒鳴り声。粗相でもしでかしたかと美也子が振り向けば、彼の肩越しにトカゲ顔の男がニヤニヤと笑っている。夫ぶろうとしているのだと、美也子は合点した。ならばと、とびきり愛想のいい声を出す。
「なあに、あなた」
トカゲ男が小さく舌打ちした。
「本当に結婚してやがるのかよ」
しかし、この男はしつこい性質であるようだ。美也子の細い腕に視線をくれる。
「でも、腕輪してないじゃねえか」
ギャロが不機嫌そうに、さらに声を低めた。」
「仕方ないだろ。新婚なんだ」
「いくら新婚ったって……普通はプロポーズの時に渡すんじゃ無いのかい?」
「う……うちは、ちょっと複雑なんだよ」
「複雑……ねえ? あれか、嫁さんにするため、醜怪種の集落から無理やりさらってきたとか? なあ、おネエちゃん。そうなら俺が助けてやるよ」
トカゲに良く似た爪のような瞳孔。それがきゅうっと、さらに、細くなる。
これ以上はボロが出そうだ。だから美也子は、ギャロの首を引き寄せて唇を重ねた。微笑ましいリップ音が響く。
「ごめんね、ご覧のとおり、ラブラブなの」
「そんなおっさんに?」
「あら、私にとっては王子様なんだけど?」
それは偽り無い気持ちだ。少しきつい言葉を投げた後も、彼はすぐに美也子を手放したりはしない。ゆっくりと寄り添い、彼女の自己嫌悪を待ってくれる。贖罪の言葉を一番近くで見守ってくれるのだ。
だから美也子は素直でいられる。
欠点も、弱い部分にも辛抱強く付き合ってくれる優しさを称えるのに、ほかの形容などあろうはずが無い。
ただ……この王子、少々照れ屋であった。土緑色の頬が一気に高潮し、ぐるりと目玉を回す様は、トカゲ頭の男がさらに言い寄る隙を与えるのではないかと、美也子が危惧したほどだ。
だが、行動は大胆だった。睦事のように腰から先に、美也子を抱き寄せる。
「ら、ラブラブ……なんだ」
トカゲ頭の男は「ははん」と鼻先で笑って立ち去った。