表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/93

61

 指を沿わせ、小さな手のひらを突き出した唇の先に引き寄せる。

「なあ、美也子、ずっとこうして眠れたらいいのにな」

「別に、寝るぐらい、毎日だって一緒でいいじゃない」

「毎日じゃない。ずっとだ」

 彼は、美也子が異界に帰るのだと信じて疑わない。いずれ、その手立てを見つけたら、自分の元から去るだろうと。それも仕方ない。彼女は異界の女だ。

 だからそれまでの、かりそめの夫婦であると知って、それでもなお彼女の身体を欲したのだ。だから……。

「ずっとだ……美也子」

 喉を少し膨らませて、鳴らすようにささやく声に、美也子は何の迷いも無く答えた。

「はいはい。ずっと、ね」

「解ってないな。ずっとだぞ?」

「だから、ずっとでしょう?」

 一方の美也子は、とっくの昔に元の世界に帰ることなどあきらめている。残してきた母のことを思えば胸はいたむが、帰る手だてがない。

 ならば彼の傍に居たいと、本当の夫婦になることを望んで身体を交わしたのだ。

「ねえ、ギャロ。ずっとって言ったら、ずっとなのよ」

「そうだな。ずっとだ」

 どうもかみ合わない。それが男女の感覚の差なのだと、二人は思っていた。

……このときは……


 指先をつないだまま目覚めれば、よろい戸の隙間から砕けるような朝日がこぼれている。快晴。それはまさしく祭り日和であった。

 カステアの祭りには周辺の小村からも見物の客が集まる。いつもは麦穂ぐらいしか見る物の無い村に人は集まり、一昼夜を通してにぎわうのだ。その人出に備えて、ギャロと美也子は、朝から景品を並べたり、小さな看板をたてたりと大わらわであった。

 気の早い若い衆などが時折、店先を覗きこむ。彼らの目的は、村に逗留しているとうわさの『醜怪種の女』に対する興味なのだから、ギャロなどは気が気でなかった。

「おい、美也子」

 彼らしからぬ、不機嫌そうな怒鳴り声。粗相でもしでかしたかと美也子が振り向けば、彼の肩越しにトカゲ顔の男がニヤニヤと笑っている。夫ぶろうとしているのだと、美也子は合点した。ならばと、とびきり愛想のいい声を出す。

「なあに、あなた」

 トカゲ男が小さく舌打ちした。

「本当に結婚してやがるのかよ」

 しかし、この男はしつこい性質であるようだ。美也子の細い腕に視線をくれる。

「でも、腕輪してないじゃねえか」

 ギャロが不機嫌そうに、さらに声を低めた。」

「仕方ないだろ。新婚なんだ」

「いくら新婚ったって……普通はプロポーズの時に渡すんじゃ無いのかい?」

「う……うちは、ちょっと複雑なんだよ」

「複雑……ねえ? あれか、嫁さんにするため、醜怪種の集落から無理やりさらってきたとか? なあ、おネエちゃん。そうなら俺が助けてやるよ」

 トカゲに良く似た爪のような瞳孔。それがきゅうっと、さらに、細くなる。

 これ以上はボロが出そうだ。だから美也子は、ギャロの首を引き寄せて唇を重ねた。微笑ましいリップ音が響く。

「ごめんね、ご覧のとおり、ラブラブなの」

「そんなおっさんに?」

「あら、私にとっては王子様なんだけど?」

 それは偽り無い気持ちだ。少しきつい言葉を投げた後も、彼はすぐに美也子を手放したりはしない。ゆっくりと寄り添い、彼女の自己嫌悪を待ってくれる。贖罪の言葉を一番近くで見守ってくれるのだ。

 だから美也子は素直でいられる。

 欠点も、弱い部分にも辛抱強く付き合ってくれる優しさを称えるのに、ほかの形容などあろうはずが無い。

 ただ……この王子、少々照れ屋であった。土緑色の頬が一気に高潮し、ぐるりと目玉を回す様は、トカゲ頭の男がさらに言い寄る隙を与えるのではないかと、美也子が危惧したほどだ。

 だが、行動は大胆だった。睦事のように腰から先に、美也子を抱き寄せる。

「ら、ラブラブ……なんだ」

 トカゲ頭の男は「ははん」と鼻先で笑って立ち去った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ