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祭りの準備は一日仕事だ。夕食の準備まで手が回るわけがない。だからこういう日の夕飯は、外食か|持ち帰り惣菜≪デリカテッセン≫と相場が決まっている。
それでも、店もろくに無い鄙びた村のこと。村人の厚情により、弁当が配られた。ギャロはそれを二つ抱えて、馬車に帰ってきた。
すでに美也子はギャロリエスを帰らせた後であり、小さな少女がここにいたことを示すものは何もない。それでも、美也子は少し緊張して彼を出迎えた。
あの少女と二人でたてた、内緒の計画。それをまだ、ギャロに気取られる訳にはいかない。そう思うと、わずかに声が上ずる。
「お帰りなさい」
だが、その一言にギャロが返したのは、屈託無い笑みであった。無邪気に弁当を差し出しながら、美也子の頬にキスを降らせる。
「作業はすすんだか?」
「え、ええ。だいぶ……」
笹葉に包まれたサンドイッチを頬張りながら、美也子は今日一日の仕事の成果をギャロの前に並べてみせた。
色とりどりの木の実と太目の紐で編まれたネックレスは、存外に小じゃれた出来である。だからギャロは、素直な賞賛を口にした。
「まったく、たいしたもんだ。俺じゃ、こうはいかない」
「紐でつなげるだけだから、簡単よ。ギャロぐらい器用ならすぐに作れるわよ」
「技術的な話じゃないんだ」
ギャロはそのうちの一本を取り上げた。麻紐に茶色っぽい実を連ね、ところどころ赤い実をあしらったデザイン。
「俺にはこういう、女の子供が喜びそうな配色が思いつかない。いや、そもそも女の子向けの景品を用意するなんて頭がないからな」
指先でネックレスをひねりながら、ギャロは恥ずかしげに顔を伏せる。
「俺は幸せ者だ。俺の女房は可愛い……うえに頭もいい」
その言葉には、美也子も赤面するしかなかった。
ぜんたい、男というものは、身体を手に入れるという『目的』さえ果たしてしまえば、冷めるものではないのか? ギャロはますます甘くなるばかりだ。
「いいからさっさと食べちゃって!」
照れ隠しに少し強めの口調で言えば、彼が少しだけ首をすくめる。
「まあ、明日は忙しいし……早く寝たほうがいいか」
「寝るっ!」
「ち、違うぞ! ここは、みんなもいるし、明日は早いし、そういう事は……」
おろおろと両手を振っての否定の言葉を、ギャロは途中で止めた。
「ああ、でも……抱いて寝てもいいか?」
ぬくもりだけを冀うその声は低い大人の声でありながら、幼子のように頼りなく震えている。突如、激しい慕情が美也子に湧いた。
この男は、なんて寂しい声を出すのだろう。背中を丸めた姿は、なんと悲しみに満ちているのだろう。それに、不安そうに下瞼をあげた、飛び出した目は……なんて愛しいのだろう。
彼の寂しさを癒せるのなら何を与えても惜しくはないと、美也子は思った。だから彼の手を握る。
「一緒に……寝るだけなら」
少年のように無垢な輝きで、大きな目玉はくるりと光る。
「本当に?」
「嘘なんかついてどうするのよ」
「ふふふ」
「気持ち悪い笑い方しないの!」
今のいい方は少しきつかったかもしれないと、美也子は怯えて彼を見上げる。だが、ギャロは一向気にする風も無く、美也子の指先をするりと撫でた。
「俺は幸せ者だ」
それは偽らざる実感。今まで愛情のど真ん中にぽっかりと開いていた穴を、美也子は埋めてくれる。少し突き放すような冷たい口をきいた後で、不安そうにこちらをうかがう眼差しが何よりも嬉しい。それは、離れるつもりは無いのだと、千の言葉よりも雄弁に語る。
だから、二人並んで床にはいった後も、ギャロは美也子の手を握り締めたままであった。




