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雨は過ぎた。
美也子を抱えて居留地へと帰りついたギャロは、乾いた薪を探して手早く湯浴みの用意を整えた。大きなたらいに温かい湯が満ちる。簡易な目隠しの幕が張られ、美也子は温かい湯に腰を沈めた。
「風邪でも引いたら大変だ。ゆっくり温まれ」
天幕の外からギャロの声。そして、湯に浸したタオルで拭った胸元には、大きな唇で彼が吸った、いくつかの標……それは夫婦になった証。彼を夫として受け入れた行為の名残だ。指先でそっとなぞって、美也子は静かに微笑んだ。
これで、彼の全てを手に入れたのだと……
そんな美也子の喜びには気づかず、天幕の外で見張りのために座りこんだ『夫』は、頭を抱えていた。
(やっちまった……)
雨が降っていたから、しばらくご無沙汰だったから、人肌の恋しい夜だったから……言い訳などいくらでも思いつくのに、そのどれも伝える気にならないのはなぜだろう。
(やっぱり、惚れている)
今まで、自分は我慢強い男だと思っていた。欲しいものを我慢するすべを知っている大人なのだと。
(まるっとガキじゃないか)
夜店の前で駄々をこねて転がる子供のような、みっともない所有欲に満たされている。それでも、年を考えれば頑迷なことを言うわけにはいかない。だから……
「美也子、腕輪を買おう。結婚のしるしの、小さな石がついたやつだ。お前につけて欲しい」
天幕の向こうで、ちゃぷんと湯の跳ねる音がした。
「俺と結婚してくれ……美也子」
それに答えて聞こえた声は、優しく、温かく、何よりも近くで鳴ったような、そんな声音であった。
「ギャロ、私はとっくに、『ギャロの女房』だよ」
「ああ、そう……だな」
布一枚を通して、美也子の気配を感じる。この天幕をめくれば触れれるほど近くに、愛する女が居てくれる。
幸せそうに下瞼を引き上げて、ギャロは喉を膨らませた。