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男に抱かせてくれと頼まれることはあっても、美也子から男を欲した事は無い。だが今、はっきりとした欲望が美也子の真ん中に居座っていた。
(ギャロだって……)
男なのだ。そういう欲求が無いわけではなかろう。
(はしたない)
そこにつけこもうとしている。誘いをかけて彼のカラダを篭絡し、心を縛りたい。真面目な彼なら、一度夫婦としての契りを交わした相手を無下にはしないはず……。
(違うのに、そういう好きじゃないのに)
貪欲なほどに純粋な想い。
彼の傍に、今よりも近くに行きたいだけなのに、それを願えば肉体的な交わりを抜きには出来ない。当然だ。二人ともいい年をした大人なのだから。
それが悲しくて、美也子はビーズの小箱をそっけなく押しやる。
「手伝って」
「ああ」
のそり、と箱に手を伸ばしかけて、ギャロがぽそりとつぶやいた。
「雨が近いな」
確かに耳を澄ませば、遠くでごろごろと擦り合わせるような雷の音。
「なあに、通り雨だ。お前はここで作業をしてろ」
すいっと立ち上がったギャロは、そのまま馬車を出て行った。