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返事をしようと、唇に言葉をのせる。彼の、名前の一音目、優しく濁った音……
「ぎゃ……」
無粋な現実が、架空の無音を切り裂いた。カタツムリ頭の男が頓狂な声を上げる。
「や~らしいなあ。目だけで会話しちゃって」
ギャロは大げさに手を振って否定する。
「そんなんじゃない! そんなんじゃないんだ!」
「ほ~ら、皆さん、お二人の邪魔みたいですし、散りましょうか~」
「そんなんじゃない!」
ニヤニヤ笑いを残しながら解散する背中に叫ぶが、無駄な事。ギャロは小さくうめいて、美也子を見上げた。
「……そんなんじゃ……ないんだ」
美也子はギャロの隣に腰を下ろし、ビーズの小箱を引き寄せる。
「うん、解ってるから」
美也子は自分の声の冷たさに驚いた。それに、ひどく可愛くない。
今まで付き合ってきた男たちは、この口のききようを嫌った。「外見が可愛いのだから、それに見合う話し方があるだろう」と、面と向かって怒られた事もある。それでも生来の性質を偽ることなど、美也子には出来なかった。
だから、言い訳をしたいのではない。ギャロには誤解されたくないだけだ。
「ごめん……言い方、きつかった」
しかし蛙頭の男は、その大きな目玉をきょろんとまわす。
「別に、きつい事など言われて無いぞ?」
「え、ああ……うん」
「それより、こいつをどうするんだ? ただ紐を通しただけじゃ、そこらのガキが自分で作ったのと変わり無いだろう」
ギャロの興味は、美也子の膝の周りに並んだ小箱の中身に注がれている。
「これはね、こうして……」
美也子は太目の麻紐を手にとり、木の実のひとつを逆の手で取り上げてついっと通した。それからもう一本、色の違う紐を取って同じようについっと木の実を通す。
「これを、ね」
くるっと軽く縒り合わせ、木の実のちょうど下を結ぶ。わざと大きなこぶが出来る結び方が、アクセントになるのだ。
ついっ、きゅっ、つい、つい、きゅ。
あっという間に一本の首飾りが出来上がった。
「たいしたもんだ」
ギャロが手を伸ばす。吸盤の指先は出来上がった首飾りを、では無く、それを編み上げた小さな手を捉える。
「こんな柔らかい手ぇ、してんのに……」
土緑色の皮膚と、白い皮膚が重なる。指が絡む。
「ちっこい……可愛い手だ」
引き寄せられそうだ。このまま、指先にあの大きな唇が触れる、そんな夢想をすれば体の芯が熱くなる。美也子は耐え切れず、軽く膝を揺すった。
「あっちの世界では、職人だったのか」
「ただのOLよ」
「おーえる?」
「そうね、こっちの世界でいうと、事務のおばさんかしら」
「へえ、似合わねえな」
(そんな囁くような声を出さないで!)
危うく叫びそうになった。耳に沁みる低音が、じわりと情欲を呼ぶ。
「まだ、いっぱい作らなくちゃ、ならないから」
指を振りほどくことには成功したが、熱い。指先だけではなく、もっと体の奥底に熱が篭る。
ギャロを見れば、空っぽになった自分の手のひらを見つめていた。でっぱった目玉は寂しく下瞼を引き上げ、口元は低く「そうか」と鳴る。
(このまま、抱かれてしまいたい)
そんな事を思ったのは初めてだ。




