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糸を詰め込んだ籠を抱えた美也子が共用馬車に戻ると、木の実の穴あけ作業は非常に大掛かりな事になっていた。
ギャロとネルは言うに及ばず、同じ馬車に寝起きしている仲間たちが手に手に道具を持って穴あけ作業に没頭しているのだ。道具にあぶれた者は選り分けなどして、大きな木箱に無造作に詰め込まれていた木の実は、小箱に整理されたビーズになろうとしているところだった。
ギャロが最後の一つに穴を開ける。
「よし、これでしまいだ」
「あいよ」
それをネロが受け取り、小箱の中にコロンと落とす。
「すまないな、今度おごるよ」
ギャロの礼の言葉に、女衆はばしばしと背中を叩いて返した。
「何言ってんだい。そんな金があったら、ミャーコに結婚腕輪のひとつでも買ってやりな」
「あんな若い嫁さんを捕まえておこうっていうんだから、奮発しなさいよ」
こんなときのギャロは形無しだ。手荒い祝いにふにゃふにゃと揺れながら、美也子を見上げる。
「や、その……こいつらはふざけているだけだから、よ」
男衆にははやしたてられ、女衆からはからかわれ、その中心に居る蛙頭の男が道化だったということが、すとんと腑に落ちた。ギャロの周りはいつも笑いと愛情に満ちている。それは悲しい生い立ちに対する同情だけではなく、彼の性質によるものなのだと、和やかなからかいの輪の中で、美也子は気づいた。
ギャロは思慮深く、真面目な男だ。場の空気を読むことには特に長けていて、自分の感情よりも一座の和を優先して行動できる男でもある。
……だからこそ感情の隙間からこぼれる寂しげな風情が気になる、惹きつけられる。彼と親しい者は誰でも、他人を和ませるためのおどけた笑顔ではなく、心底の幸せで満たされた彼自身の笑顔を見たいと願ってしまう。そして……どれほどの女がこの切ない気持ちを味わったのだろう。
(私は彼の『幸せ』になりたい)
ただ笑ってくれればいいと思う。満たされた笑顔で。
求めるような、すがるような心地をこめた美也子の表情に、ギャロの視線が止まった。
世界中の音が消えたような錯覚、二人だけの静寂。こんなに離れているのに、お互いの鼓動が聞こえるような気がする。
彼の大きな口がゆっくりと言葉の形に動いた。口端を横に引いた一音目は、『み』……ああ、自分を呼んでいるのだ、と美也子は思った。