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傷つけられた愛情を癒すのは、愛情だろう。彼は出会っているのだろうか、つないだだけで優しさと寂しさが伝わる指先の動きを教えてくれた相手に……
農道を並んで歩く美也子は少し俯きがちになって、彼に尋ねた。
「随分、女慣れしてるのね」
「ああ? あ!」
つないだ手を振りほどいて、ギャロが喉を膨らます。
「や、俺だって、それなりに女とは付き合ったけど、慣れてる、とかじゃない」
「それを私に弁明して、どうするの?」
ギャロが凍りついた。
……全くだ。どんな女性遍歴があろうと、偽の妻である美也子には関係ないことではないか。正直、女などいくらでも抱いた。中には体だけではない恋もあったはずだ。そのいずれとも違う気持ちを、今、感じている。
美也子は、怖い。
触れてしまうのが怖い。抱いてしまうのも怖い。いずれ失う女だと解かっているから、これ以上の情を抱くのが怖い。
誤解されて、心離れてしまうことはもっと怖い……
道の真ん中で、二人は向かい合って立ち尽くしていた。強すぎるほどの陽光に焼かれて、伝えるべき言葉が焦げ付く。
(この女が……欲しい)
今まで恋したどの女にも、こんな気持ちは感じなかった。だから、恋じゃない。
性欲の処理のためでもない。やたらと熱いだけの、欲情。
(この気持ちを、どう伝えればいい)
それがなんなのか、自分でも良く解かってはいない。こんな曖昧な、暑苦しいだけの気持ちを伝えても良いのか?
そよと、僅かな風が熱気を吹き飛ばす。麦穂の間を渡ってきたからだろうか、すいと薫る青臭さが言葉を押し上げた。
「美也子、俺は……」
風に揺すられた麦がかすかな音を立てる。さらにかさかさと、草分ける足音。畑の中から、小さな蛙頭がぴょこんと飛び出した。
「あ、ごめんなさい。オジャマしちゃった?」
ませた口を聞く少し甲高い声、緑色の膝丈のスカートでなければ、男の子だと思ったかもしれない。いかにも快活そうな蛙頭の子は、どこかギャロに似ていた。
それに……ギャロは明らかに狼狽している。震える吸盤が少女の肩をつかむ。
「お前、父ちゃんの名前はっ?」
美也子の胸にぞわぞわとした感情が上った。
(まさか……)
ギャロの年齢を考えれば、このぐらいの幼い子がいたとしてもおかしくは無い。




