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沈み始めた空気を払拭するように、テーブルの真ん中にどん!と皿が置かれた。
「冷めないうちに食べちゃいな」
そこに並んだのは実に家庭的なメニューだ。
ごろりと大きく切った芋を甘じょっぱく煮付けたもの。青菜をシンプルに茹でたものは和え衣を絡ませてある。野菜炒めは三色のピーマンで彩りを加え、調味料の香りを含んで上る湯気が食欲中枢を揺さぶった。一箸を口に含めば、少し濃い目の味付け。それは一気に味覚を開き、刺激された胃袋が次の一箸を欲する。
蛙頭の女店主に別れを告げるころには、胃袋も、心も満たされた気分であった。
「次は、どこに行こうか」
「ちょっとした洋服を。日常着だから、普通のが欲しいの」
ギャロが旅座仲間に頼んでお下がりを集めてくれたが、使わなくなった舞台衣装の類が多い。おまけに少々サイズ違いであり、作業の時にはだぼつく袖や裾が邪魔になるのだから、きちんとした日常着が欲しいと美也子は思っていた。
「日常着、か。まあ、街場みたいにそろっているわけじゃないがな、衣料品店がある。行こう」
ギャロはごく当たり前のように、美也子の手をとった。ひどく慣れた手つきだ。力を入れるのではなく、どこを押さえれば振りほどかれないかを良く心得ている。絡むような指の加減はとても心地よい。
(私は……)
この蛙頭の男が好きだ。だから指先だけでも絡まるこの行為が好きなのだが、彼は?
彼の過去の物語はまだ序盤。家庭の事情で『売られた』ことしか知らない。
それが彼を深く傷つけたであろうことは容易に想像がつく。だが、その傷が癒されたのかまでは、まだ読み進んでいない。