39
自分だって幽霊の実在を信じていないのだから、そういった観念的な話だと気づくべきだった。
死んだ人間には二度と会えない。どれほど会いたいと願っても。
(二度と会えない?)
……ならば美也子を異界に帰すのは、殺すようなものではないのか。明るい笑顔にも、強がりの言葉も、そしてこの憂いを含んだ表情にさえ、触れることが出来なくなる。それでも幸せならばいい、生きていてくれれば良いなんて嘘っぱちだ。
本当は手元においておきたい。笑う顔も、怒った表情も、寂しい夜にそっと掌だけで伝えてくる涙も、全てを独占したい。
なのに、なぜこうも躍起になって、この娘を手放そうとする……?
『欲しい』と『壊してしまいたい』がない交ぜになった気持ち。その気持ちの向けどころがなくて、ギャロは戸惑い続けているのだ。そもそもが、この気持ちを表す言葉さえ持ち合わせては居ない。
「ああ、まあ……買い物にでも行かないか」
代わりに口をついたのは、間抜けた言葉であった。
「屋台の準備なんか明日にならなきゃできねえ。そこらを散歩でもして……」
それがギャロの気遣いだと悟ったのであろう。美也子が明るい言葉を返す。
「デート?」
「ばばばばばば! 馬鹿な! ただ、いくら村ったって店屋ぐらいはあるだろうから、買い物を……それに、夫婦でデートなんて、おかしいだろう」
「あら、夫婦だって、二人で出かけたらデートでしょ」
「そう……なのか。じゃあ、一緒に出かけるのは……控えた方が……だって、本当の夫婦じゃ、ねえんだし」
ギャロの大きな目玉はきょとりと地面を見回した。美也子はそんな彼の手を引く。
「冗談よ。私も買いたい物があるし、行きましょ」
「いいのか?」
「良いも悪いも、まだ買い物は不慣れだから、一人じゃ不安なの」
「そういうことなら……」
ギャロは美也子の手を握り返す。
「潰れてなけりゃあ、本屋があるはずだ。お前の好きそうな本があるといいんだが」
街場のようにぎっしりとではないが、ここは村の中心地であり、街道沿いにはそれなりに店が並んでいる。
手始めにギャロは、鄙びた食堂に立ち寄った。
「まずは腹ごしらえだ」
魅せの中は何もかもが古いが、決して不潔なわけではない。艶がなくなるほど擦り切れた床にはチリ一つ落ちてないし、数え切れないほどの客を座らせてきたであろう椅子は、逆に年月による磨きがかかって、座面の木がてかてかと光っている。