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その村に着いたのは、祭りの二日前だった。
盛夏の折、田畑は見事な濃緑に包まれてはるかに広がり、その合間に大きな藁葺きの家が、綽然と立つ。
一座の係留のために貸し与えられたのは、当日は祭りのメイン会場となる予定の、村はずれの広場だ。いつもはだだっ広いだけであろう草地はきれいに刈り込まれ、村の若い衆が中央に大きなやぐらを立てている最中であった。月の神を象徴するちょうちんで飾り付けられたそれは、美也子にとって馴染み深い祭りを思い起こさせる。
「盆踊りみたい」
馬車から降りてくすりと笑えば、先に降りていたギャロが不思議そうに訊ねる。
「ボンオドリ?」
「やぐらの上で、着物を着た人が踊ってね、下でもみんなで輪になって踊るの」
「へえ、そりゃあ楽しそうだ」
この祭りでも踊りはある。ただし、やぐらの上で神に奉納する舞を、神官たちが踊るのだ。下で眺める者たちは、やんやの囃子でそれを盛り上げる。
「農耕の神である月は、賑やかなのが好きだからな、派手に盛り上がれば、その年の豊作が約束される」
「ふうん。向こうではお祭りって言うのは、豊作にしてくれてありがとう、ってのが多いのよ」
「じゃあ、豊作じゃない年は祭り無しなのか?」
「そういうわけじゃない……と思うけど」
別に宗教に詳しいわけでも、民俗学に明るいわけでもないのだから、詳しい説明をすることなど美也子には無理だ。それでも一般的な観念はかけ離れていないのだから、ゆっくり話せば伝わるところはある。
「あのね、いまどきの人はそんなに神様とか、信じてないの。そんなものに頼らなくても、十分な技術があるから」
「ああ、解かる。こっちでも似たようなもんだ」
「でも、お祭りは別なの。ずっと続いてきた慣習だし、楽しいことでしょ?」
「それも同じだな。普段は神様なんて信じてない連中も、祭りとなると浮かれてはしゃぐ。だからこそ俺たちの商売も成り立つんだがな」
もちろん、大きく食い違うところもある。
「ボンオドリってのも、豊穣の祭りなのか?」
「お盆はね、ご先祖様の魂が戻ってくるの」
「戻ってくる? 死んだ奴がか?」
「生き返ってくるわけじゃないのよ。死んだ人は魂になるの」
「良く解からないな。こっちじゃ死んだ奴は神様に吸収されると信じられている。それを拒んでふらふらしてる奴は、幽霊って言うんだ」
「そういう悪質なものだけじゃなくて、死んだらみんな、魂になるの」
「じゃあ美也子は、親父さんに会ったことがあるのか?」
その一言が一瞬の沈黙を生み、美也子は俯いた。
「魂なんて……実在するわけないじゃない。そういう考え方だってだけよ」
「すまん……」
美也子を落ち込ませるつもりなどなかった。本当に純粋な好奇だったのだ。