35
あんなに泣いたからだろうか、眠りが浅い。
指先まで重く感じるほどの眠りに体は支配されているのに、ぼんやりと覚醒した意識は彼の寝息を感じている。薄く目を開けば、いびきに揺れる大きな胸があった。
濡肌種である彼の体温は少し低い。だが、心地よい温度だ。
偽とはいえ、夫婦となった初めての夜なのに、何も無かった。今こうして抱きしめてくれているのも、父のように安らかな愛情で、なのだろう。
(お父さんってほどの年じゃないし、お兄ちゃんって呼ぶのも微妙かな)
明日から、なんと呼ぼう。
(「あなた」って呼ばせては……くれないんだよね)
だから「ギャロ」。今までと変わらない呼び方。
それでも心は少しだけ近づいたと、そう思いたい。だって、今までよりも近くに彼の呼吸を感じる。
どうせもとの世界に戻れないのなら、ゆっくりでいい。少しずつ彼の心に近づいていこう。いつの日か、本当に妻として認めてもらえるように。
(少し寝よう)
そうと決めたなら、明日から色々とやることがある。まずはこの世界のことを覚えなくてはならないだろう。言葉も、文字も、風習だって、学ぶべきことは色々ある。
この旅座の中できちんと生きていくための手立ても。
少し沈み始めた意識の中に、いびきの音が心地よく響く。
(お休み、ギャロ)