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「美也子、俺はどんなにいい女であろうと、旅の仲間は絶対に抱かないことにしている」
孤児である彼にとって、旅仲間とは家族にも等しい。大事な母や、姉妹を性的な対象に見ることができないというのも理由ではあるが。
「集団生活で、根無し草稼業なんだ。人間関係くらいは平穏な方が良いだろ」
色恋なんて浮かれた物のために、居場所を失うのは愚かしい。そのぐらいなら、金で買える女が街にはいくらでもいる。
「そういうことだから、お前のことも抱くつもりはない。大事な大事な、俺の家族だからな」
「家族……」
「そうだ。俺にとっては色恋よりも大事な関係だ」
ギャロはきっぱりと言い切った。
「だから、抱かない」
もしかして自分に言い聞かせているのではないだろうか、とギャロは思う。手を伸ばせば届くほど近く、目の前に居る女に触れたくて仕方ない自分が居るのだから。
だが、ああ、疚しい気持ちでなければ許されるだろうか……。
「なあ、美也子」
指先の吸盤は震える。それでも、触れたい。
「偽物ではあっても、俺たちは夫婦だ。それに、俺はお前が異界人だと知っている。だから、隠さなくていい」
「何を?」
「夜中に泣いているだろ」
「泣いてないっ!」
ぷい、と背けられた横顔はあくまでも強気だ。それは天に向けて開いた花に似て、危うげな強かさ。ギャロは有無を言わさずそれを捕え、腕の中に抱き込む。
「隣で寝ているのに、気づかない訳がないだろう。ああいう時は俺に甘えてくれ」
美也子は思った。ここで素直に甘えておけば、さぞかし可愛らしく見えることだろう。
幅広い胸に擦り寄って涙の一つでもこぼせば、彼は満足するだろうか。望郷と不安がない交ぜになった複雑な心中を明かせば、あるいは、本当の妻にと欲してくれるのでは? だけど……それでも……
「……甘えるって、やり方、知らない」
「そうだな。お前のキャラじゃないな」
小柄な体を抱きしめたまま、ギャロは美也子の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
「俺のことは男じゃなくて父親だと思え。辛いときは八つ当たりの道具に使えばいいし、泣きたいときにはハンカチ代わりに鼻でもかめばいい。父親って言うのは、そんなモンなんだろ」
「解からない」
「解からないって……前に話してくれたじゃないか。祭りに連れて行ってくれるような、優しい親父さんだって」
「お祭りに連れて行ってもらうような、小さな子供だったのよ」
「じゃあ、親父さんってのは!」
「死んじゃった。小さい頃に」
「ばか。そういうことは笑って言うもんじゃない」
ギャロの腕が力を増す。強く、だが優しく、父のように。
美也子の頬に、自然と涙が伝った。
「だから、私が帰らないと……お母さんが一人になっちゃう」
「ああ、そうだな」
「仕事だって、ずっと休んでたらクビになっちゃうし」
「そうか」
「本当は友達と旅行に行く予定もあったのに、楽しみにしてたのに」
つらつらと望郷の念が並ぶ。それでもギャロには、抱きしめてやることしか出来ないのだから……ギャロはただ、混じりけのない慈愛の心を込めて、美也子を抱きしめていた。




