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旅寝の馬車は数人一箱の乗り合いである。合理的なシステムではあるが、家族を持つようになれば色々と不都合もある。だから夫婦者たちはいずれ家馬車を購入することになるのだが、それまでの間には二人きりで過ごしたい夜もあるだろう。
そういうときには『夜銭』を払う。もともとは「ちょっと一杯飲んできてくれ、その間を二人きりで過ごしたい」という風習だったらしいが、今は、本当に小遣い程度の銭を渡す。それが馬車を借り受ける合図なのだ。
「『夜銭』を払った覚えはないぞ」
両手を振って戸惑うギャロに、猫頭は容赦しなかった。
「あたしらからのお祝いさね。まさか、受け取れないって言うんじゃなかろうねえ?」「いや、心遣いはありがたいが……うむぅ」
「あんたは、どうだい、花嫁さん?」
彼の美しい『妻』は俯いている。表情をうかがい知ることは出来ない。だが、小さな声が聞こえた。
「……ありがとうございます」
「決まりだね」
ギャロは心中穏やかではなかった。いや、穏やかなのか?
今まで感じたことも無い充足と、背筋を蹴り上げる焦燥に、言葉は奪われる。
「いや、俺は……」
何を言っても無駄だろう。やつらは耳ざとい。
男連中がニヤニヤしながらギャロを取り囲んだ。もちろんネロもいる。




