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彼が言っている魔道師という輩がどれほどのものなのか、そもそもが『魔道』に異界との境を越えるほどの力があるものなのか、それすらも怪しい。
何しろ……
「よし! 一発目、開けるぜ!」
景気のいい掛け声と共に、樽の栓が抜かれた。どん!と大仰な音がして火の玉が樽を打ち抜き、天へと上る。
「これはピエスの街の魔道師が作ったって言う、最上級のモンだ」
ひゅるひゅると切ない音を立てて夜空に這い登った火玉は、ぱあっと一声を上げて八方に散った。五色の火花がちかちかと瞬きながら降る。
「きれい……」
「全くだ。魔道ってのは大したモンだよな」
「そう……ね」
美也子の返事は歯切れが悪い。彼女が目にする魔道とは、この程度なのだ。
この花火のように樽に詰めた発火性の魔法を、空気と混ぜ合わせて打ち上げるとか、煮炊きの火を着ける小さな発火具とか、そういった類のものばかりである。
「ねえ、ギャロ。もし、私が、元の世界に、戻れなかったら……」
どもりがちに呟かれた言葉を、ギャロの声が強くいさめた。
「絶対に戻れる。いや、戻してやる。だから、ンなしょぼくれた顔するな」
「違うの。しょぼくれてるんじゃなくて、ね」
「何が違うんだよ」
そんなやり取りも、この甘い雰囲気の中ではじゃれあいに見える。
猫頭の若い女がそんな二人を茶化そうと、進み出た。彼女は酒の入ったマグを美也子に差し出す。
「おめでとう。とりあえず飲んでおきなさいよ」
自分も酒を受けようと手を出したギャロを、肉球のついた手がぺしっとはたいた。
「あんたは控えておきなよ。この後があるんでしょ」
「なんだよ、この後って」
「やあねぇ、とぼけちゃってえー」
彼女の細い髭が、茶化すようにぴくぴくと揺れる。
「初夜だろ。私らは他の馬車に泊めてもらうからさ」
ギャロの目玉が頭の上に飛び出しているのは元からだが、その目玉はいまや、零れ落ちそうなほど見開かれていた。