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「ミャコせんせえ~」
舌足らずで擦り寄ってくる小さな両生類頭は、座長の末の娘だ。出来上がった課題を添削してもらおうというのだろう。広く離れた小さな瞳をくりくりさせて見上げる姿は、実に子供らしい愛嬌にあふれている。
もともとが美也子はこの手の生き物に嫌悪が無い。手元において愛育しようというマニアックな癖はさすがに持ち合わせていないが、水槽越しに対面してもどうとも思わないのである。
……ああ、むかし付き合った男の前で『演技』したことがあったっけ。
水族館デートでサンショウウオを見つけた男は、からかう気に満ち溢れた声で美也子を呼んだ。
『なあ、これ、どう?』
若かったから、その場の雰囲気に乗っておくのも付き合いのうちだと思った。
『や~あ。きもちわる~い』
『もうちょっと近づいてみようぜ』
『やだやだ、こわーい』
浮かれた声を出しながらも、水槽の中に静かに沈む大きな生き物と目が合った。小さな、無感情な目が……責めている。
男の歓心を買うために物言わぬ生物を貶める、さもしい心さえ見抜かれているようで、美也子は自分が急速に冷えて行くのを感じたものだ。
その男とは結局、長続きしなかった……。
「ミャコせんせ?」
鈴のような声が美也子を呼ぶ。
「あああ、ごめんね。どこか解からないところ、あった?」
「ううん。ちゃんとできたよ。丸つけて? ミャコせんせ」
ノートを差し出すその子の頭を、トラ猫頭の少年がぽくんと叩いた。
「ミャコじゃなくてミャーコだろ。赤ん坊かよ」
「あ、せんせのこと、呼び捨てした~。いっけないんだ~」
「ああ? 呼び捨てじゃありません~。お前に説明してやっただけです~」
美也子は両手を広げて二人の間に割り入る。
「はいはい、授業中だからね」
「ミャコせんせ~、ルクがいじめる~」
少女が美也子に抱きついた。少年の方は不満気に鼻先の毛を逆立てている。
「別に、いじめたわけじゃねえし」
「いじめたもん~」
子供たちに少々振り回され気味になりながらも美也子は、笑っていた。




