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「全く、ばかをやらかしたもんだ」

 二人きりの馬車の中で、ギャロは頭を抱えて呻いた。ピンクのドレスの前たてを閉じ終えた美也子が不安そうに蛙顔を覗き込む。

「やっぱり、座長に怒られる?」

「ああ、それはまあ決定事項だが……おい、曲がってるぞ」

 胸元を飾るリボンを直してやりながら、ギャロは下瞼を僅かに引き上げて申し訳なさそうな表情を見せた。

「その……勝手に女房扱いなんかして……申し訳なかった」

 美也子がふいと顔を背けたのは、怒っているのだろうか。不安が彼を饒舌にする。

「あの場ではあれしか思いつかなかったんだ。とりあえず旦那持ちだと解かれば余計なちょっかいを出すものもいなくなるだろうし、座長にも言い訳が立つ」

 そうだ、座長にも今頃は事の顛末が伝わっているだろう。あちらにも言い訳を用意しておかなくてはならない。

「もしお前さえ迷惑じゃないなら……このまま婚約者ってことにしておかないか。そのほうが、お前を守ってやるには都合がいい」

 返されたのは幾分沈んだ声だった。

「つまり、偽物の婚約をしようってことね」

 その落胆が癇に障る。

 恋愛の感情では無いとしても、少なからぬ好意はもたれているのだと自惚れていた。彼女を守るための偽婚約ぐらいは許されるのだろうと。

その結果がこれだ。どうやらカエルの恋人だと思われるのは、彼女には不快な事らしい。

「大体が、なんでストリップなんかしていたんだ」

 八つ当たりなど子供っぽい行為だと自覚している。それでも美也子を責めずにはいられない。

「外の世界から来たあんたには解からないかも知れないがなあ、この世界の男は、その気になればあんたを抱く事だって出来るんだぞ」

「知ってる。水浴びのとき、女の人の裸は見たから」

 そうだ。旅の最中、女衆と水浴びをする機会など何度もあったのだから、自分の体とさほど構造が変わらぬことに気づかぬはずが無い。

「だったら解かるだろう! あいつらのオカズにされるんだぞ。見知らぬ男が自分の裸をネタにしてるなんて、気持ち悪くないのか?」

「だって、他に売るものなんてなかったモン!」

 美也子の声が涙を含んだ。

「珍しいって言ったって、ただ立っていれば良いって訳じゃないし、歌だって、そんなにびっくりするほど上手なわけじゃないし……」

「だから、どうして……俺を頼ってくれない」

 ギャロの声が含むのは、悲哀。

「俺はそんなに頼りないか? お前を守ってやることも許されないほどダメ男か?」

「そうじゃない。ギャロのことはとっても頼りにしてる!」

「じゃあ、なぜ俺を拒もうとする!」

「拒んでなんかいない! ただ……」

 いさかいの真ん中に、紫煙を上げる長煙管が差し挟まれた。

「さっそく痴話喧嘩かい。いい加減にしなよ」

「座長、あんた!」

 蛙口をぎゅっと歪めて不平を溜める男に、のっぺりとした両生類顔が微笑みかけた。

「言いたいことがあるんなら、全部言っちまいな。今のうちなら聞いてやるよ」

 ギャロの目玉はいつも以上にぎょろりと、睨むように座長を見下ろす。

「あんた、美也……ミャーコになんでストリップなんかさせた」

「そちらのお嬢さんが金が必要だって言うからねえ、効率のいい稼ぎ方を教えてやっただけさ」

「ぐうっ。だからって……」

「あんた、言ってたじゃないか。この子とは何も無いって。それが今更、なんだい?」

「あれはウソだ。謝る」

 いや、今から言おうとしていることこそ、ウソだ。美也子に否定でもされれば剥がれ落ちる、薄っぺらい虚偽。

「俺とミャーコはいずれ一緒になろうと約束した仲だ。だから、ああいうのは困る」

「別に嫁にしたからって、男が女の全てを好き勝手できるわけじゃないよ。思い上がるんじゃあないさね」

 それにキッパリとした声で答えたのは、驚くことに美也子であった。

「好き勝手をしたのは私のほうです。本当はちゃんとギャロに相談するべきだったのに、黙っていたのがいけないんです」

「ふうん?」

「あ、と……舞台に穴を開けてしまってごめんなさい」

「全くさね。ギャロ、あんたは後で私の馬車に来な! たっぷりとお小言をあげるよ。先にミャーコ、ちょっとおいで」

 呆然とするギャロを残して馬車を降りれば、光虫が幾匹か足元から飛んだ。

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