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 もぎりの少年は座長の息子だ。当然に両生類頭なのだが、客群れの中にギャロの姿を認めて、小さな丸い目をきょろきょろと泳がせた。

「どうしたよ」

「だって、ちょうどあんたの女房の舞台が始まるからさ」

「暇つぶしに来ただけだ。誰の舞台だって良い。それと、ガキがあんまりませた事を言うな」

「だって、みんな言ってるぜ。あんたはミャーコにイカレちまってるって」

「ませた口をきくなと言っただろう。入るぞ」

 入り口をくぐったギャロは、その場の熱気に一瞬戸惑う。

「なんだよ。野郎ばっかじゃねえか」

 女、それに子供の客が一人もいない。にやついた男たちで大入りだ。

 不審を感じたギャロは番台の少年を問いただそうとしたが、次々と入り口をくぐる客の波に押されて、すでにテントの中ほどに押し込められてしまった。仕方なく手近な席に腰を下ろすが、不安が腹の中でふつふつと沸いた。

 いくら美也子が若い醜怪種でも、それだけでこれほどの人気が取れるものだろうか。隣の牛頭の親父が、酒で赤く淀んだ目を細めているのさえ気に食わない。

 美也子が舞台に登場した瞬間、その不安は確信に変わった。

 自分が買ってやったドレスがアセチレンランプの光の中にふわふわと揺れる。男たちの好色の視線が、そのピンク色の上にざっと注がれた。

(まさか……)

 男として清廉ぶるつもりは無い。そういう舞台もありだ。ありだが……美也子が胸元のリボン飾りをしゅるりと解く。

(だめだ)

 あれは、そんなエロ演出のために買ってやったものではない。洋服屋で無邪気に喜んでいた笑顔が思い出される。

(だめだだめだ!)

 あのときの美也子はあんなに光り輝くような表情だったのに、今はどうだ。明るく輝くのは照明のランプだけ。肝心の主役は俯いて表情を隠し、震える指でボタンを外している。

(美也子だけは……ダメなんだ)

 しゅるりと上半身が肌蹴られ、銀稜がさらけ出された。観客たちは下卑た歓声を上げる。隣の親父は立ち上がり、特に下品な声で「お~」と呟いた。

 ぽんやりと赤みを含んだ明かりに照らされた美也子は美しい。成熟した女性としてはやや控えめな、むしろやせぎすな体。それでも無毛の肌は容赦なく、筆で絵がいかようになだらかな曲線で色香を描き出す。

 だからこそ、観客たちは気づかなかったのだろう。俯き隠された眼から落ちた雫が、舞台の床板に砕けたことを。

 ただ一人、蛙口を無様に歪めて見守っている男を除いては。

(あの……ばか!)

 それを見ては堪るはずが無い。ギャロは勢いよく立ち上がった。ついでに隣の親父をガッツリと殴り倒し、一気に舞台に駆け寄る。ブーイングが渦のように巻き起こる。

 そんなことには頓着せず、舞台に駆け上がったギャロは、薄肌を晒す女を怒鳴りつけた。

「無理するなと、言っただろ!」

「ギャロ……」

 驚きに上げられた瞳は案の定、涙に濡れている。

「そんな、泣くほど嫌なら、俺に言えば良いだろう、ばかっ!」

 吸盤つきの指がドレスの前を手早く合わせ、そのまま美也子を抱き上げる。

「帰るぞ」

「だって、舞台……お客さんが」

「ああ?」

 不機嫌そうにぐりぐりと目玉を回したギャロは、場内を揺るがす大ブーイングに抗して恫喝した。

「うるせえ! これは俺の女房だ! お前らなんかに見せてたまるか!」

 後はもう無我夢中だ。

 男たちが喚く不満の声を掻き分けて、ギャロは走る。入り口をひょいと覗き込んだ両生類少年とぶつかりそうになったが、それすら押しのけるようにして、ギャロは走った。

 今はただ、この腕の中の女をどの男の視線も届かぬところへ連れ去ってしまいたいと、ただそれだけを思いながら……


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