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……誰かに揺すられている……


 まどろみと覚醒の間に、低い男の声が響いた。

「おい、起きろ」

 聞いたことも無い声を警戒して飛び起きる。勢いのついた頭が、覗き込んでいる男の顎を直撃した。

「ぐあ!」

 顔面を押さえてかがみこんだ男の肩越しに見えたのは、童話のように長閑な風景。

「森?」

 抱えきれないほどに太い木は重なり茂り、葉透かしの陽光が風に揺らめく。どこか高くで雲雀の声がした。

「これって……」

 実に童話的な風景だ。その挿絵の真ん中を貫く獣道に美也子は座っている。

 夢かとも疑念するが、体を支える掌を突く草先の感触は微かに痛い。そこから上る青臭い香りも、鮮やかすぎる。

 額にかかった髪をさわ、と揺らして薫風が過ぎた。

「ここは?」

「あ? マーロボーの街から少し東に下ったところだ」

 アゴをさすりながら身を起こした男もひどく童話的だ。

 ぽってりと恰幅のいい体に質素な被りのシャツ、腰を紐で結びとめた緩めのズボンという服装もだが、その顔は……

「カエルっ?」

 大柄な体躯に見合う大きさで、カエルの頭部がのっかっている。良く見れば掌の皮も両生類特有のぺたりとした質感と暗緑の色味と、指先にはご丁寧に吸盤までついていた。

「ひでえな。頭突きを食らわせた上に、カエル呼ばわりかよ」

 大きな口の動きに合わせて聞こえた声は若いものではなく、彼がそれなりの年であることを感じさせる。

「だって、カエル……」

「おいおい、どれだけ世間知らずだよ。やっぱり拐かされて来たのか」

 若く張りのある声と共に蛙頭の背後からぬっと覗き込んだもう一つの顔。美也子は、さらに肝を潰す。

「カタツムリ!」

 二本の角をぬろんと長く突き立てた顔は、少し傾いでから蛙に向けられた。

「失礼な女だな」

「まあ、そういうな。多種族すら見たことが無いほどに醜怪種の街深くで育ったんだろうよ」

「やっぱり、誘拐か?」

「その可能性は高いな。何しろ醜怪種は希少だ」

「おいおい、面倒ごとはゴメンだぞ」

 やっぱりこれは夢なのだ。ファンタジーの読みすぎで、無意識に眠る願望がこんな形で現れたのだろう。

 ふと、あの童話を思い出した。

(きっと、キスしたら王子様に戻るのね)

 頭に大きな二つの目と顔を裂くほどに大きく開く口。それはどう見ても蛙だし、声から推測するに、年齢だって……

(王子様じゃなくて『おじさま』じゃん)

 ぷふっと笑息もらした美也子の顔を蛙頭が覗き込んだ。飛び出た目玉が怪訝をあらわすようにクルリと動く。

「何がおかしいんだよ」

「だって、だって……あまりに良くできた夢なんだもの」

「夢じゃないぞ。まあ、夢だと思いたい気持ちは解らなくも無いけどな」

「でもごめんね、どうせならやっぱり、おじさまじゃなくて王子様がいいの」

「何を言ってるんだ?」

「こうやってもう一度寝れば、きっと目が覚めて……」

 美也子は勢い良く地面に身を投げる。そこは自分の形に馴染んだ、あのピンクのリネンの中だと信じて。

「おい、危ないぞ!」

 蛙の制止も間に合わず、草に隠れていた石に美也子は頭をぶつける。

 ちかっと火がついたようなその痛みは、『現実の』痛みであった。


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