19
翌日は祭りの中日であった。にもかかわらず、美也子の上がりは早かったらしい。
ギャロが屋台を終えて戻ると、彼女は明かりもつけずに一人きり、馬車の隅で身を丸めて寝転んでいた。
「無用心だろう」
ギャロがランプに火を入れれば、美也子はもそりと起き上がる。
「……泣いていたのか?」
気の強い美也子は間違いなく否定するだろう。だが、痛々しく泣き腫らした目は隠しようも無い。
果たして、彼女が口にしたのはやはり否定の言葉だった。
「泣いてない」
「そうか」
それ以上を聞くことは憚られた。だからギャロは、無駄にランプの火を微調節などしながら次の言葉を待った。
「ギャロ?」
美也子が懐からぐしゃぐしゃになった一握りの紙幣を取り出す。
「この前出してもらった洋服代、足りるかなぁ」
差し出された札に、ギャロが目を剥いた。
「足りるどころか……」
細い手首をぐいと掴み寄せ、ぽってりと重たい瞼の下を覗き込む。
「まさか、オガミに手を出したのか?」
少し厳しい声音に返された女の声は、絶叫。
「してない! そんなこと、してないっ!」
「じゃあ、この金は何だ」
「おひねり。いっぱいもらえたから、今日はもう上がっていいって、座長が」
そういうやり方は、こんな小さな旅芝居では聞いたことが無い。王都に呼ばれるような大きな一座のやり方だ。
おひねりを渡そうとする者で舞台下が込み合えばけが人を出しかねない。その危険に配慮して、人気の役者へのおひねりは座長が取り次ぐ。不慣れな美也子がオガミに引っかからないようにという策略もあるだろう。人気絶頂の者が自らを安売りして商品価値を落とす必要は無い。
「それにしても、おかしくないか」
ざっと見ただけでも相当な額だ。いくら醜怪種が珍しいといっても稀有なわけではない。歌だって悪くは無いが、それだけで歌姫になれるほどの歌唱力があるわけでもない。
「どんな芸を見せたんだ」
「どんなって……普通の」
ふいとそらされる視線にギャロの不信は募る。
「普通って、どんな……」
「普通は普通よ! ほっといて!」
腕は振りほどかれ、札がばさっと散らばった。
「ともかく! 洋服代、返すっ!」
美也子は乱暴に背中をむけて上掛けにもぐりこむ。それっきりだった。
「別に、金なんか要らない」
落ちた札を拾い集めながら、ギャロは薄地の上掛けが小刻みに震えていることばかりを気にしていた。
「あれは俺からのプレゼントだと思って、黙って受け取ってくれ」
覚束ない指吸盤と哀願を込めた声音。それでも美也子は一声も返してはくれない。
「頼む、美也子」
その声はランプの炎がじ、じと芯焦がす音にすら負けそうなほど小さく、さみしげな響きであった。




