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(まったく、情けない次第だ)
美也子とギャロは安酒場の隅に差し向かいで座っている。売り上げは全て集計に渡し、高級菓子で痛手を負った彼のサイフでは、これがせいぜいなのだ。
「ご祝儀、使えばいいのに」
「それはやめておけ。ちゃんと計算して、三割を一座に渡す決まりだ」
「三割も!」
「もちろん、ちょろまかすのは簡単だ。だが、そういうやつはまず間違いなく嫌われる。いつまで居ることになるか解からん以上、肩身の狭い思いをしたくはないだろう?」
若い猫頭の店員がジョッキを二つ、テーブルに置いた。
「簡単で悪いけど、初舞台の打ち上げだ。好きなものを頼め」
ギャロがジョッキを上げる。
「乾杯だ。あ、乾杯って、解かるか?」
「乾杯くらい、知ってるわ」
美也子が軽くジョッキをぶつける。笑いながら一口を呷った彼女は、すぐに歓喜の声をあげた。
「美味しい! 麦のお酒ね。私の世界ではビールって言うの!」
「へえ。こっちじゃあベロゥって言うんだ。似てるな」
しゅわりと喉を掻き落ちる炭酸の強さ、ホップの苦味、麦の臭み……
「本当に……似てる」
美也子の双眸からぽろりと涙がこぼれた。望郷の思いに囚われた身には、帰る手立てすら思い及ばない世界を思い出させるその味が、やたらにしみる。
それを見悟って、ギャロは諦めのため息をついた。これ以上隠しておくのは却って酷であろう。
「あんまりあてにならないと思って、黙っていたんだがな、この世界には『魔道師』って奴らがいる……」
前置きして説明されたその職に、美也子は目を輝かせた。
「やっぱり、ここはファンタジーの世界ね」
「ファンタジー……ああ、幻想物語的って事か」
苦々しい思いを苦い酒で飲み下して、ギャロはさらに説明する。
「あんたが思っているのは『魔法使い』だろ。魔道師ってのはそんなおとぎ話みたいなものじゃない。魔法みたいな不思議を見せるからそう呼ばれているだけで、れっきとした学者だ」
そもそも、空間を隔てた世界へ渡る方法を模索しているという時点で美也子には十分にファンタジーであるが、彼はあくまでも学問だと言い張った。王立の機関で研究され、理屈と計算で成り立ったものなのだと。この世界では最新技術は王に占有権がある。つまり王立の機関で生み出された技術は市井に出回らない。